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★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO9★


◇二つ目の うねり 愛 ◇

あなたが 
子供だった頃
あなたは 親に関心を 
払われたかった事は 無かっただろうか?

「 目を 向けて欲しい 見て欲しい 」

そして 
見てもらえる事で
何か 安心感が有る。

「 自分を見て欲しい
目を向けて欲しい 」

なのに
関心を 払ってくれない
当然, 有るべきものが無い。

お母さんが 居ない
お父さんが 居ない様に感じられる。

すると 
そこには エネルギーも出ていない。

子供は 
此処で関心を払って
貰いたくなる。

物理的には 
お父さんも お母さんも
居るけど 居ない・・・。

例えば
お母さんが 
何かを考えている
そしたらもう そこには居ない。

エネルギーが 
出ていない。

過去 或いは 
過去から 生まれ出てくる 未来 
( 実際は 過去だ ) へ
意識が 気持が 行ってしまっている。


いつも 
それと一体に成ってしまっている人
頭や 心で 生きている人の目を

こちらに 
惹きつけるには
何か 特別に良い事か
特別に 悪い事じゃないと 駄目だ。

当り前の事じゃ駄目だ
だから 子供の頃から 
特別な事を 好んでする様になる。

だって 
皆 過去と一体になって
目を覚ましていない 居眠りをしている。

それを 
一瞬でもいい
起こして こっちを見てもらうには
特別な事じゃないと 駄目だ。

だから
もしも あなたの子供が
特別に良い子だったり
特別に悪い子だったら

彼は 彼女は 
淋しがっていると言う事だ。

それだけ 親が関心を
払わなさ過ぎているという事を
現している・・・。

特別な事は 
一度やったら
もう特別な事じゃない。

だから 
違う 特別な事を 探がす
すると 関心を払って貰える。

子供が 
何か特別な事をするのは
これだけの理由だ。

私が言う
特別な事とは
社会的次元の 一切を指す

本能の 
次元には無い
社会的次元の 一切だ。

例えば
礼儀・勉強 

それを特にやったり
やらなかったりする様に
成っていたら 問題だ

何も 
本人がそうしたかった訳じゃない。
ただ お母さんに逢う為にこんな事をする。

ただ お母さんに 傍に居て欲しくて
こうなってしまう。

お母さんは 
何もやらずに
何か 大変な事をしてしまっている。

何も 
怒鳴った訳じゃない
怒った訳じゃない・・・。

ただ
いつも過去と一体と成ったり
世間の事を気に病んで
頭の中が それで一杯に成って居るだけなのに・・・。

本人の自覚も 
無いままに
子供に大変な影響を 与えてしまった。

行動している訳じゃないが
確かに 目に見えない何かを
与えている・・・。

事実 
もう それは 
子供に入ってしまった。

そして 
子供の方も 無意識だから 
本当には 何を したかったのか 知りゃしない。

これは 
本性からの 叫びだ 訴えだ
お母さんに逢いたい!

そして
子供も気づかぬ内に
僕は 誉めて欲しいという気になってしまう。

だって 
誉める時だけは
お母さんは 最高だからだ

お母さんと 出逢える
ただ 出逢いたいだけで
どんどん その特別を追いかける。

ところが
そこには
おのずと限界が来る。

だって
それは あくまでも 本当に出逢って
いるのとは 違う・・・。

そして
いつか本当の出逢いが
起こるものだと言う
期待に反して それは 起こらない。

だって
起こり様がない

何か 特別を追うたびに
背伸びをしてしまう。

その子は
やがてそうする事によって
殻を 着て行ってしまうし
もう純粋な 裸ん坊じゃなくなっている。

そして 
あくまでも殻を着ている母親が
こっちを 振り向いてくれるだけだ。

あなたの
出逢いたかったのは
そんなんじゃない。

すると今度は
特別に悪くなったり
特別に 心配をかけてみたりする。

それは 
最初からじゃない
最初は 特別に良くなる方を追いかけた。

だって
その方が
お母さんは 喜んでくれる。
愛してくれる。

より良い 
関心を向けてくれる。

ところが
それも いつまでも続かない
おのずと限界がくる。

その隈界を境に
特別に悪くなったり
特別に心配をかけたりする方向へと
歩みだす。

これも 
関心を払ってもらえる事を
見い出した 彼は言う・・・。

「 とにかく 当たり前とか
何もしないで 居る子に 成る事が
一番 いけない事なんだ
だって そうしてしまうと
お母さんは 何も関心を払ってくれない

だから 
それはいけない事なんだ
それに 誰にも関心を払われていないと

僕って 誰だか 解からないし
僕が 居るのか 居ないのか
僕にさえ 感じられなくなる

だから
僕はそこまで悪い子には 成らないぞ
お母さんが 怒りもしないし
誉めもしない まるっきり見てくれなくなるって言う事は
それほど悪い事だと言う事ぐらい
小さな僕にだって 解かる。

お母さん
僕は いくら悪い事しても
そこまで悪くは 成らないからね 」と 
ちょうど こんな感じだ。


空っぽさに
一番近い位置を
悪いと見なしてしまう・・・。

彼は 
空っぽの扉の所に居るのに
そこに 二度と開かぬように
封印をしてしまう・・・。


ただ
特別で 有ったら 
何だっていい だから当然
当たり前の事には 彼自身 興味がない。

そんな事には
目も向けないし
やる気にも ならない子に成ってしまう。

そして 
その 当たり前の事が
出来ない子

そんな事に 
興味を持てない子に
知らない内に
あなたが 
させてしまったところを 見ず

その
当たり前の 
出来る子にしようとする。

ところが
なかなか 言う事を聞いてくれない
そこで あなたは 怒る。

あなたは
一人相撲をしてしまっている
子供は 可愛想なものだ・・・。

ところが
これは 目に見えない部分である為に
あなたは そうしてしまっている事に 気づかず

それが
当たり前の様になってしまっている。
非常に 恐い 当たり前だ・・・。

事実 
あなたも 
そんな育てられ方をした。

そう
育っているから
無意識で それをしてしまう。

どこに
責任がある訳じゃない。
責任が 有るとしたら

どこか
1ヶ所にではなく
流れ全体にある・・・。

あなた 
だけにじゃない
あなたの お母さんにも

その又 
お母さんにも
と 全体にある。

これは
必ず どこかで 
質の変容をさせなければ
永遠に続く 流れだ。

今や 
人類全体が
その流れに沿って 流れている。

社会を
見渡せば
それは すぐに見てとれる。

社会に 
表われ出ている姿こそ
そこに参加している
人々の姿であり 顔である。

社会には
環境には 
何の問題も無い。

そこに
色や型をつけて
しまっているのは 人間だ。

あなたなんだ
誰の 問題も
指摘し合わなくていい

ただ 
ひとり1人が
この事実に気づき
自己の内面深く 進んで行った時にこそ

この流れが
変容されうる
それが 起こった時こそ

社会も
環境も変化しうる

そして
社会や 環境には

まったくもって 
問題は無かったという 事実を
あなたは まのあたりにする。

そして 
人類全体の
どこへと言う あての無い

行きつく先のない
流れ全体は 空中に解き放たれ
人類全体が そのエネルギーから解放される。

その時 
そこに始めて
空間が 現れ

その空間に 
かって 無かった
エネルギーが 降り立つことが出来る。

それは 
今まで
地上に 現れ出る事のなかった
エネルギーだ。


その
エネルギーを指して
私は 真理と呼ぶ!
愛の エネルギーと呼ぶ!




ところが
そのエネルギーの
降り立つ場所がない・・・。
空間がない・・・。

今や 
その空間は
人々の 内面にある空間は

怒りや 
憎しみや 欲望の
エネルギーで一杯だ・・・。

人々の
内面は 遠々と

遥か
遠い過去から
受け継がれて来た
カルマの流れに沿って生きている為

怒り 
憎しみ 欲望の
エネルギーを受け継ぎ
これから先の 未来にまで
それを流し込んでいる・・・。


これが
カルマだ
カルマの 最大の基!
カルマの 原子核だ!

その他の 
もろもろは
あくまでも 枝 葉にすぎない。

良きにつけ 
悪しきにつけ
あなたは 味わった事を
子供に 受け継がせる・・・。

それ
以外は無理だ。
あなたの 体験を覗き込んで ご覧。

本当に 
覗き込めたら
それが どんな幹を持ち

どんな 
枝をのばし
どんな葉を
つけてきてしまっているのかが 解かる。

いつも
何かを
背伸びのしっぱなしで
追い求めてきた あなたは

背伸びをし
何かを追い求める事を
今だ 1度もやめた事がない。

そして
やめた事のない あなたが
それをやめたら

まるで
生きていけないかの様な
錯覚を 起こしてしまっている。

そして
次ぎから次ぎに
もっと もっとを 自動的に生みだし
止まる事を
知らない あなたは・・・。

まだ 
幼い頃に
母と 出逢おうとして

何か
特別をやろうとしていた
あなたと まったく変わらず

今も 
その輸の中から
出られず 自分で 自分を追いかけ
追いたて・・・。

そして
疲れて 何か違うと
感じながらも

子供に 
それを 流し込んでしまっている。

子供だけじゃない
あなたの 関わる人 全てにだ。

あなたは 
誰も助けなくて良い。

誰よりも先に 
あなた自身の手で

あなたを 
救い出すことから
始めなければならない・・・。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO10★


◇本来の出逢い◇

あなたの
願っていた出逢いは
エネルギーとの出逢いだ。

あなたが
生まれる以前
それと共にあった エネルギー。

あの
愛のエネルギー
真理から吹き出る風。

それと
出逢いたい。
だから あなたが生まれ出た直後から
それを 外側に探し出そうとする。

もっとも 
身近かな
父や 母の内に 空間を
内面の 空を
そこに 降り立つ愛のエネルギーを・・・。

ところが
それが 成されない。

何故なら
その人達は 
もう とっくの昔に
それを 失なってしまった。

内側 深くに 
押しやってしまっている。

世間の人達 
全員が そうだ
もはや 世間の中に
その空間を 見い出せない。

その人達の内面は
怒り 憎しみの
エネルギーで一杯だ。

そして
それを人間は 本能と呼び
それらは 変えられないものとして
決めてしまった・・・。

そして それを 
まるで 土中深く埋め込む様に
胸の奥深くへと押し込み 閉じ込め

それを 
覆い隠して
その上で 生きようとする。

そこで
理性 道徳なるものを
作り上げてしまった。

これが
不幸の始まりだ。





新しい生命が 誕生する。
彼は 彼女は
空っぽのままで
生まれ出てくる。

愛の
エネルギーを 携えたまま

ところが 
その新しい
生命誕生の後 

わずか 
1ヵ月足らずで 
母親が 無意識のまま

自分の
エネルギーである 
怒りと 憎しみのエネルギーを

空っぽで 
純粋な 愛のエネルギーの上に
芽生えさせてしまう。 
注ぎ込んでしまう。

そして
それを見て 
理性 道徳 躾 を植え込み 始める。

世問の人達は
そこに参加した 彼 彼女を
空(くう)のままは 受け入れ様とはしない。

自分達と
同じく過去の中に居て
過去と一体となる ロボットでいる事を
無力な
赤子に強要してしまう。

母が 父が 1番に
それを やり始める
それも 良い事だと思ってだ・・・。

あなたは
生まれたばかりの赤ん坊に
本当に 出逢った事が
有るだろうか・・・?

私は
つい先日 
妹の赤ん坊に出逢った。

女の子だった

彼女は 
溢れんばかりの
愛のエネルギーと
一体と成っていた。

彼女から
風が吹き出ていた。
その彼女も もう3ヵ月になる。

彼女は 
もう居ない・・・。

母の手によって
父の手によって
彼女は 消えてしまった・・・。

世問への旅だ
長い長い旅路が始まった。

彼女が
帰りつくのは 此処だ
最初から そうだったところの

この空っぽさ 
愛のエネルギーとの
真理との 真正面からの出逢い

ところが
この旅から 
帰れない人が 殆どだ。

何故なら
帰る事は 
非常に 難しい。

目標がない旅だからだ
目標は とうの昔に忘れてしまう。

おまけに
我が家は
旅を し始めてしまった人の目には
絶対に見えない。

旅に 
夢中になれば 成るほど
その人には どんどん どんどん
見えなくなって行く。




それは
1度その旅の 
停止をして見て

内側を 
内面を 覗き込むことだけで
その旅の 終着点である
我が家を 目にすることが出来る。

それだけで
本来の あなたと 
あなたじゃないものを
あなたと思っていた あなたとの 
出逢いが起こる。

無くなるのが
どちらかは 決まっている。

だが 
それは 難しい
あなたが 怖がってしまうから
難しい・・・。

あなたは 
それとの融合
その 本来のあなたと
あなたじゃない あなたを
あなたと 思い込んでしまっている
あなたとの 真の出逢いが 必要だ。

深い出逢い
(一瞬の出逢い・溶けあい・ひとつになる事)
真正面からの出逢い
恐れずに 逃げずに。

長い時間
出来るだけ 長い時間
その 二つの あなたが
溶け合う事が 必要なんだ。

一時だけの
その出逢いは
成長過程の中で
無理に味あわされた。

それを
今度は あなたが 
進んでして欲しい。

そして 
進むべき必要性を
ひとつ説明したい。

第四の知恵で 
体験した

あの
一瞬の本来の
あなたとの出逢い 融合と

今までに
体験した最高のもの・・・
例えば 異性との セックスと
どちらが 良かった・・・?

どちらも 
短かい時間だ
ところが あの第四の知恵の
感覚が 続きっぱなしになったら
どうだろう?

いつも 
満ちたりていられたら
これが 必要性だ!



そして 
もしも本来のあなたと
あなたじゃないものを
あなたと思っている あなたとの
この出逢いを 恐れている間は

それを
あなたの手によって
実行しない限りは

あなたの
満されるものと 言えば・・・

お酒を飲んでいるときか
賭け事に夢中になっているときか
お金儲けをしている時か

あるいは
何かを やり上げた時か
浮べの愛か
セックスを している時ぐらいのものだろう。



それ
以上の
ものは不可能だ

全部が 全部 今の自分は
本来の自分じゃないという事を
忘れていられるような
ところによってしか 満たされない・・・。


これは 
何んと言う
満たされかただろう。

本当に
満たされているのだろうか
今の あなたじゃ愛さえ交せない。

それは 
必ず
その 延長線上に 

悲劇が待っている
その 悲劇を 
結婚という型で 回避しても

今度は 
妥協という道が 待っている。

そこには 
真実がない。 
真実のないところに
決っして愛は 生まれない・・・・・。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO11★


◇三つ目の うねりセックス◇

あなたは
あなた自身のセックスを
深く見つめた事が有るだろうか?

あの
セックスヘの衝動が
なぜ起こってくるのか?

それは 一体
どこから 湧き出てくるのか
そして セックスの中に
自分は 一体何を
求め様としているのか。

これこそ
見つめなければいけない 大切な事だ
愛まで見つめたところで
それは まだまだ浅い・・・。

何故なら
あなたは この衝動には勝てない。
それを 内側深く押しやっても
ことは 混乱するばかりで
それは 大した用は 成さない。

しかし
人は その道を長い事
歩いてきた。



誰の中にも
セックスに対しての願望が
見てとれる・・・。

僧侶の
中さえもだ。

しかし
いくら内側深く押しやっても
押しやっている本人には
それは よりリアルなものとなってしまう。

あなたは 
常にその内側に
押しやったものを
見張っていない事には
それが いつ外側に飛び出してきて

その辺の異性に
飛びかかろうとするか
気が気じゃない
ちょっと 気を抜いただけで
それは 起こりそうな感じがする。

これは
セックスだけに
関した事じゃない。

あらゆることを
内側に押しやった時の 原理だ 作用だ
あなたは常に緊張していなければ いけない。

ところが
セックスの時だけは
この あなたを縛っていて

石の様に
硬くしている緊張状態から
解放される。

そして
あなたは柔らかくなれる。
(セックスの時さえ緊張が
あるとすれば それは不感症になる。
緊張状態を解けない 何かがある
例えば 以前に好きだった人の名前を 呼んでしまうとか(笑)
過去の性に対して受けた 恐怖感が
呼戻されてしまうとかの
何かがある)


柔らかくなれ 緊張状態から
解放されるのは そのセックスの中だけだ

再び 
あなたは
この緊張状態を続ける・・・。

そして
緊張状態を続け 
疲れて 限界が来ると

再び
この緊張状態から
解放されたい為に セックスを求める。

繰り返しだ。

だから
あなたが日常の中で
緊張せず 深い安らぎが 有れば 有るほど

セックスは 
どんどん どんどん
要らなくなる。

それは 
セックスの方から
遠のいて行く。

それは
自然に無くなっていく

すると 
あなたの生 全体が
質的に変化を起こす・・・。

心理学者のフロイトは言う
「 人間の全ての行動は 性衝動に基づいている 」
彼は 半分正解だけれど
半分は間違い。

何故なら
多くの人達は そうだろう
性衝動との明け暮れの毎日

その人の 
生全体は
それに基づいている・・・。

しかし
ブッタは違う イエスは違う
此処に(空に)至った人達の生は
完全に違う。

生全体が
質的に変化してしまっている。

そして
誰もが 此処に至れる。

だから 
フロイトの言っている事は
半分正解だ・・・。

まだ 
此処に(空に)至っていない人の生に
関してならば 正解だ。

だが
その人達が 此処に(空に)至ったなら
フロイトの言っている事は
間違いになってしまう。


あなたの
幼い頃 両親との 
関わりが少なければ 少ないほど

あなたの
内側に 淋しさを宿し
その淋しさから

淋しさを癒す為の
愛されたいと言う 願望を
より 深めていく

この願望が
セックスヘの 深い願望となる

セックスの中では
相手に触れる 
撫でられる 抱かれる。

親子の
愛においても
同じ行為が 行われている。
そこには 性器同士の結合が無いだけだ。

幼児期に
この親からの 愛の行為である
触れる 撫でられる 抱かれる
共に寝るといった行為が 
少なければ 少ないほど

セックスに
対しての あなたの
より強い願望となり
その願望が 執着心へと変化する。

別にあなたは
いやらしい訳じゃない
スケベな訳じゃない
先天性色魔なんかじゃない。

それは
愛への乾きを
満たしたいだけなんだ。

そして
誰かと 特別な関係を 持ちたかったり
誰かに 特別扱いを されたいとかは

皆 この愛の
乾きから出ている
それが 強ければ 強いほど
なんなく セックスをしてしまう。



だって
セックスは
誰とでもするわけじゃないから
特別扱いをされる為の

私を
愛してもらう為の
最適の道具だ・・・。

ただ
愛されているという実感が 欲しい・・・。

だが 
あなたは一時的にしか
満たされない。

そして
愛の中で傷つき落胆し 別れてゆく
相手を 変えては 又もや
同じ愛の上を歩く・・・。

こうなったら
セックスは 愛は
いつも あなたの傷を 癒す為の道具に
質が低下して行き
あなたは その中において
何もかも 
忘れられるという
感覚だけを
追い求める様に成ってしまう。

セックスで
酔っぱらう
愛で 酔っぱらう。


ここまで
セックスを 愛を
質の低いものと してしまったのは
あなただ・・・。

そして
誰もが そうしてしまっている・・・。



第一歩目の
スタートが 問題だった。
淋しさという傷を 癒す為の

愛されたい
という願望が
もう この道の 行き着く果てを
決定づけている。

その時点で
未来は 決まっていた。
(過去の 繰り返しと言う未来を)

最初に 
感じていたあの淋しさは
心の中に 有ったものだ。

それは 
過去に受けた
淋しさであって

今現在は
誰もそんな淋しさを
与えているものは 居ないという事を
見破っていないから

それを 
いつまでも引きずる
その過去に受けた淋しさは

どんなに 
愛されていても
完全には癒えない・・・。

それが 
癒えなければ
淋しさを感じる・・・すると あなたは
「 この愛は 違った 」
「 本当の愛じゃなかった 」
と 理屈をつける。

実際に 
無いものを 
どうやって 無くす事ができる。

あなたの
その淋しさを癒せる人は
世の中の どこを探しても居ない。

その淋しさは
あなたの記憶の中に有るものであって
実際に 有るものじゃない。

あなたは
思い出に浸っているから
淋しい・・・。

過去を生かしたままだから 淋しい。

それは
あなたが 
今に生きてはいない事を 表している。

それから 
抜け出す事は容易い。
あなたが それは記憶でしか
無いと言う 事実を見た途端に
その淋しさは たちどころに消え去ってしまう。

そして
それが出来るのは
あなた 以外には居ない。

何故なら
それは あなたの記憶だからだ。
人のじゃない。

そして
あなたは
自分で勝手に
過ぎ去った思い出に
浸る事によって
自分を 淋しがらせてしまっている。

誰一人として あなたを
そうさせている人なんて 居やしない
全ては 終わってしまっていて

今 あなたの事を
苦しめる様なものは 何も無い
その淋しさは

あなたが 
過去の中に生きている事を
心と 一体になっていると言う事を

心の中に
生きているという事を 表している。

◇うねりの奥 性欲の生み出される原理◇

もっと深く
覗き込むと
理解出来てくる事は

性衝動の 
基なる性欲を 生み出す
メカニズムが 看破出来る。

性欲は
今の あなたの歩き方が
あなたの中に 怒りや 憎しみ 
欲望(もっと)の エネルギーを貯えてしまい

その貯えられたものを
吐き出さなければ,
それはストレスとなる。

その貯えられたエネルギーは
外に 吐き出さない訳には行かない。
溜まった物を 出す。

オシッコが 溜まれば出すだろう?
もし 出さなければ死んでしまう。
ひとつの循環作用だ。

それは
摂理だ 運動だ
それを止めれば 反動がくる。

だから
そのエネルギーを
吐き出さなければ 自己の内面を
そのエネルギーで破壊してしまう事に成る。

オシッコを
出さなければ身体が壊れる
エネルギーを吐き出さなければ
自己の内面が壊される。

吐き出す事で 
自己が保たれる。

そのエネルギーを 
吐き出す事で あなたは バランスを保てる。

そのエネルギーが 
性衝動の基になる
それを 吐き出す事によって
人は とても軽くなる。

セックスをする
以前の内面は 怒り 憎しみ 欲望の
エネルギーが 渦巻き
とても 汚れていて 重たい。

セックス直後の内面は
そのエネルギーを吐き出せ
綺麗になっていて 軽い。

だが
これは本当の綺麗さじゃない
本当の 軽さじゃない。

あくまでも
セックスの前後を
比較したらと 言う事だ。



だから 
100%完全に
このエネルギーを 吐き出しきって

あなたの
内面が
本当に綺麗になったら

本当に軽くなったら
あなたは 此処に達してしまう。

純粋な空間が 生まれる
セックスは もう要らない
必要なくなる。

ところが
それはセックスをする事によっては
起こらない。

セックスの役目は
それをする前より
軽くしてくれるだけだ。

純粋に 
軽くはしてくれない。

だが 
あなたの奥深いところでの
願望は 純粋に軽くなることに有る。

だから
世にある中では 
もっとも内面を 綺麗に
軽くできる可能性の有る セックスに
それほど 惹かれてしまう。

だが
セックスによっては
それは起こらない・・・。

そして
人はこの可能性を
あらゆるものに 求めようとする。

人は
このエネルギーを
様々な方法によって
吐き出そうとする 発散しようとする。

例えば
スポーツヘ 仕事へ
このエネルギーを向け
それによって 吐き出そうとする。

ある段階までは
このエネルギーを使うと
それは凄まじい威力を発揮する・・・。

何故なら
それは 怒りの 憎しみの
エネルギーだからだ。

エネルギー中のエネルギー!
エネルギーの中でも
もっとも 力のあるエネルギーだ!

だが
このエネルギーは
最後には必ず 破壊をもたらす。




このエネルギーの
向かう対象物 
対象者を破壊する。

そして
そのエネルギーを放った 
あなたも 破壊される。

エネルギーは
「 両刃の剣 」だ。

戦争を見れば
その末期を見れば
良く解かるはずだ・・・。

それは
両者を 破壊する
片方だけ 何の損害も受けない
戦争など見たことも無い。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO12★


◇質の変容◇

もうひとつは
例えば このエネルギーを使い
仕事をして結果が 良く出れば

それだけ
あなたの中の
憎しみ 怒りは 小さくなるし
以前ほど
大きくない分
喜びが 現れる。

喜びが 現れれば
エネルギーの質が 転換されてしまい
以前の様な怒りに基づく意欲は 湧き出てこない。

あなたは
そこでぴったりと
立ち止まったままだ

そして 
後は落ちるだけだ
落ちては 再び
そんなに落ちてしまった事への 
恨みと 
怒りのエネルギーが 湧き出し
それを向けて 元の位置まで引き上げる

この
繰り返しで
一生を あなたは 過ごす。

ぐるぐる 
ぐるぐると 回るだけだ
そこから 抜け出す事は難しい・・・。

だが
ある事を 
看破できれば 
それは たやすい

その
ある事とは

" それは あなたの力の限界ではなく
その エネルギーの力の限界だという事だ "

ところが
今迄がエネルギーの
力だとは 思っていず

あなたの
力だと勘違いしてしまっている

だから
あなたは それを
あなたの 力の限界だと感じ 落ち込む。

そのままで
有ったなら あなたの未来はない。


今の延長
それが あなたの未来だ。

そして
そのあなたが
人の上に 君臨していたならば

その人達も
あなたが導いたのだから そこまでだ。

どこも
不思議はない
それは 自然な結果だ・・・。

これが
仕事によっての
発散に このエネルギーを向けた場合だ。

そして
多くの人は
そのエネルギーを 性に向ける。

これが
性欲 性衝動の基だ。

それは
自然に湧き出してくる様に
思えるが そうではない。

その
エネルギーは
あなたが あなた自身で
産み出してしまっている。

その
エネルギーを産み出せば
その衝動は 止める事は 不可能だ。

それに
止めるべきじゃない。


ところが
あなたが 産み出しているのならば
そのエネルギーを 産み出さなくなる事は可能だ。


それが
質の変容だ。

それには 
そのエネルギーを
産み出してしまっている プロセスを
看破してしまえばいい。

物事は
どんな 物事であれ
あなたが それを見破るだけで
蒸発して行く様に出来ている
但し その物事との 真正面からの出逢いが必要だ。
より深くまで見破ることが必要になってくる。


その
エネルギーの
産み出されるプロセスは

あなたの 「 俺が 俺が 」
「 私が 」と いう色メガネを通して
物事を見た時に 本当に リアルな あるがままが見えずに

あなた
独自の世界観を
産み出してしまう

あるがままと言うのは
ただそこに あるものが見えているだけで
そこには 一切の意味付けを していない状態を言う。

もしも 
そこに
意味や 解釈をつけて
感じているなら
それは あるがままを見ていない

その
一切の意味や 解釈は
すべて あなた側からのものだ。

どんなに
良い意味も 
解釈も 駄目だ。

どんなに
悪い意味も 解釈も
それらは全部 あなたが投影しているものだ。

あなたは
純粋に ただ見る目を
持っていない。

心と言う
くだらない所から見ている
過去を 引きずったままの 目で見ている。

だから 
意味づけが出る 解釈が出る。

それは 
つい今しがたまでの
過去が 見ているんだ。



もう
終わって 
全てが無くなっている所からなど
どうして 見る事が出来る?

それを
あなたは知らずに
自分のしている事さえも
知らずにいるから 気づかずにいるから
そこに 怒りや憎しみのエネルギーは
産まれ出す。

いいや
あなたが 産み出してしまっている
そして 物の見方が 既に間違っている事に気づかないから

こう
あるべきだ
こうしなければいけないで

その
エネルギーを抑圧し
さらに 強いものにしてしまうのを
知ってるかな?

だって
こうあるべきだとか 
こうしなければいけないは

産み出した
エネルギーを
内側深くに押しやることだ。

あなたは
それに目を 
見張ってなければ いけない。

目を 
見張れば 見張るほど
それは より現実のものと成って行く。

最初は 
ただの心に浮んだ
過去からの 意味付け 解釈が

今は
現実のものに成ってしまった。

だって
それを止めておこうとする
緊張状態は 現実のものだ!

そうして 
エネルギーは
産み出され 育つ。

当然 
吐き出さなくては いけない。

そこで 
生きる あなたは セックス
それが 当然 必要と成ってくる。

それを
悪いものと見なしては 駄目だ
ただ そこからの卒業が 必要なだけだ。

成長が
必要なだけだ。



何故なら
その次元に居る 
あなたの身体を 支配するものは

この
怒りや 
憎しみ 欲望の エネルギーだ。

あなたは
怒りで有り 
憎しみで有り 欲望だ。

それを
偽装工作をして
そうではなく 見せようとする。

今や
世の中は
怒りと 憎しみと 欲望だらけだ。

あなたが
演じている
あなたなんか 居やしない。

その
根本の質は
怒りだ 憎しみだ 欲望だ。

だから
そうでなく見せ様とする
それは 疲れる。

それだけじゃない
それで 騙し通せるのは
あなた 自身だけだ。

あなたは 怒りで 有り
憎しみで 有る事
これを 看破すること。

あなたは
それ以外の 何者でもない。
私の言っている 此処(空)に来ていない以上

それが
他の質を 
持っているなんて事は 有り得ない。

そして
それが見抜けたら
どんな 状況の責任にすることも

誰か 
人の責任にしてしまう事も
何も 意味をなさない。

その
事実を
あなた自身で 
引き受けない限り
なんの変化も 起こらない。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO13★


◇あなたの愛の質◇

そして
もしも あなたが
あなたの中に 怒りや 憎しみの
エネルギーを 産み出し

それを 
発散させる為のものが 性欲であり
その性欲から 愛なるものを 感じていたら

それは
どういう愛だろう
ただの エネルギーの発散の為の 愛・・・。

自己中心的な愛
怒りや 憎しみが
一番の 奥底にある愛は

本来の
愛を
交わす事は不可能だろう。

そして
発散の副産物として
産まれた子供と あなたは出逢えない。

だって
あなたが
此処に辿り着いて いない以上

出逢いは 
起こらない。

出逢いが
起こらなければ

子供は 
旅を し始めなければいけない。

あなたが
此処に辿り着いていない
ばかりに・・・

子供は 
最初から
それだったところへの 旅をする。
しなくてもいい 旅をする・・・。

そして
多くの者が 帰りつけない
あなたは 子供を 愛していると
言えるだろうか・・・?

ただ
俺の 私の 
子供だというだけの
愛では ないだろうか?

あなたが
親であり
ここまでの話しを聞いたなら

あなたは 
自分の怖さなど 放り出して
此処へ辿り着く事に
全力を注ぐはずだ。


そうでなければ
あなたの
愛など 偽物だ。




何故なら
今までは 
知らなかったで済んだ。

だが
今は知ってしまった。

もう 目を背ける事も
言い訳も出来ない。


そして
それが 
あなた自身をも 救う道だ。

あなたの手で
もしも あなたが
子供を 本当の愛で 満たす事が出来るなら

それは
そっくりそのまま
どこの子供にでも
向かう愛 そのものを
あなたが 持っているという事だ。

そして
それは子供だけではない
全てに対してだ!

だって
この人は愛せるけど
この人は 愛せないが 有る筈が無い。

それは
相手とは関係なく
あなたから出る愛
そのものの問題だ。

まだ
それがあるのなら
そんな差別や格差があるのなら
それが あなたの愛の質だ・・・。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO14★


◇空への帰還◇

あなたは
自分の子供と
まだ一度も 出逢ったことがない。

あなたは
あなたの子供も
愛したことがない。

怒りや 
憎しみのエネルギーを
あなたの 内側で 
産まれさせ続けている以上
それが あなただ。

その
エネルギーが
あなただとしたら

子供は 
そんな あなたの前で
ちゃんと それに反応した姿で
居ると言う事を あなたは知らない。

あなたは
一体 何をしているんだろう
私は あなたと出逢いたい

それが 
起ったら
もう私など まったく必要が無くなる。

あなたは
ずうっとそれを
求めているんだよ・・・。

全体との融合
全体との出逢い
空(くう)との出逢いを・・・。



全体との出逢いが
空間との出逢いが
宇宙との出逢いが どうしても難しい人には 
その時には 私が役に立てる。
あなたより 少しだけ先に辿り着けた
私が役に立つことが出来る。

私が
あなたと成り
あなたが 私と成る
自我の溶け去った者同士の出逢い
それは 此処に書かれている私の文章と
読み手で在る あなたとの出逢いの中に於いても可能だ

互いの
内面の奥深くに潜む
空間に溶け合う。 
すると それは ひとつの空間になる。


本当の あなたと 私が出逢う。
それは あなたの中に潜む空間と 
私の空間との 出逢いだ。



もしも
たった1度でもいい
私と出逢えたなら
あなたは 誰とでも出逢える様に成る。

ところが
それが あなたと 
私の間に 起っていない以上


多分
あなたは 
誰とも出逢えていない・・・。

もしも
あなたが他の誰かと
出逢えた事が 1度でも 今迄に有ったなら

私とも
逢った瞬間に
それは 起る・・・。

だって
あなたに 
その能力が
有るという事だ。

ところが
それがまだ起っていない
永遠の出逢いは まだ起っていない。

それは
本当に永遠の出逢いだ
過去の消え去った者 同士の
出逢いは 永遠だ。

そして
今もってそれが
起らない事に 色々な理由を くっつけず

あなたの
責任である事を 受けとめて
それを 引き受けて欲しい。

これは 
大切な事だ
あなたが この世に 
産まれ出てくる以前

そして直後は
それと 一体だった
外側のものなんて 何も無い。

それのみ
そのエネルギーの中で
あなたは 静かに 眠っていた 

まるごと 
それに 包み込まれていた。

あなたは
その大空間との出逢いを
ずっと追い求めている。
無意識に探し求めている。

ところが
それは何をしても起らない
今や それは遥か遠い夢のようだ。

あなたは 
我が家に帰りたい・・・。

ずっと 
帰りたかった
あなたが 旅を し始める以前に
住んでいた我が家に

それを
求め歩いてきた。

まず
外側には
それは 無いと 
気づく事が必要なのに

外側に
それを 求めようとしてしまう。

そして
あなたの子供として
産まれ出てくる者も
同様の事をしてしまう・・・。

全体への
空(くう)への 
帰還は 無意識に
生命全体が それを求める。

もしも
あなたが 帰り着いていたら

それだけで
あなたの子供や
あなたの 周囲の 触れ合う
人々全体を 満たしてしまう。

ただ
あなたと 居るだけで。

ただ
あなたの 傍に居るだけで
それは起るようになる・・・。

それは途方もないほど大きく
そして静かな 引力をたずさえている・・・。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO15★


◇何故・そこに至れないのか
    無とは?、空(くう)?とは ◇

あなたは それまでの
あなたの 歩み全体が
間違っていた事に気づいた

にも 拘わらず
あなたは そこから
滑り落ちてしまう。

何故
そうなってしまうのだろう・・・?
あんなに ハッキリと気づいた。

これは
真実だと 理解したにも
拘わらず 何故だろう?

まず 
第一には
第四の知恵の 最終段階で

あなたは
自分など 居た事も 無かったのに
過去全体を生かしめて

それを指して
自分だの 俺だの
私だの という感覚を
いだいていた。


ところが
その過去自体が
もう すべて終ってしまって

今は 
現実には 無い事が
ハッキリと見てとれた。

それと
同時に 突然の様に
どこを見渡しても何も無い・・・。

自分など 
どこにも 居た事が 
無かったと言う事が 理解できた。

生れてから 
今日に至るまで
実際には 一度も居た事が無かった。

一瞬たりとも
居た事が無かった。


居た事が
無かったのに 拘わらず
その事実を ハッキリと見た事が一度としてなかったから
居ると思い込んでしまっていた。

そして
その 居ると思い込んでいた
自分自身の事を 守るという発想の元に

今日までの
全ては
行なわれてきたが

守るべき
等のものが
無いと解かった時

すべては
馬鹿げて見えた
何も 有りはしないものを

今日まで
有ると思って生きてきた日々

ただ
一度も見た事が
無かったと言った
たったの それだけの理由で
必死になっていた日々・・・。

あまりにも
馬鹿馬鹿しい。

その為に 
人と戦ったり
人を 打ち負かしたりしていた。

ところが
その為にという
等のものが無い!

これは
あまりにも
素晴らしい事実だ。

世にある
最高で 最大の事実
事実中の 事実 真理だ!

これ
以外の何と比べても
比べられた方の物が
あまりにも貧弱に見えてしまう・・・。




一本の
茶筒を 
想い浮べてごらん。

(茶筒自体を
あなたの身体に例えるよ)

その
茶筒の中は
空っぽの空間だ。

(茶筒の中とは
あなたの内面を例えている)

今迄
あなたの
受けて来た 教育や
世間の人に言わしたら

この
事実は あんまりだ
むご過ぎる

その中には
過去の体験の 塊やら
それに 基づいた未来(目標)やら
そこから考え出した 信念やら

そういうものが
一杯つまっている様に 思いたい。

いや
思いたいどころか
それは もう実際に
そこに 有る様にさえ思えるし 見える。

しかし
実際には空っぽだ。

何も無い。
見えていたのは
あなたの 想念であり

あなたは
あなたの 頭の中を見ていた。

あなたの
解かったつもりで居る解釈を
見ていた・・・。

一本の茶筒
その茶筒が 
あなたの借りている 身体だ。

今回の
あなたの生が
借りた乗り物だよ。

あそこに
見えている犬は
今回は あの身体を 借りる事になった。


あっちに
見えている あの草は
今回の 生では

たまたま
あの身体を借りることに成った。

あの木は
今回の生では
たまたま 木と言う 身体を借りる事になった。

なにも
あなたが 選んで
それを借りた訳じゃない。

偶然だった・・・。

例えば
私で 有ったら
別に この身体を最初から
借りられる様に
決められていた訳でも 何でもない。

たまたま今回は
これを借りる事に成ってしまった。

それは
何十億万分の一という
確率の偶然だった。

別に
あなたの身体を借りたって
良かったし
草や 木でも良かった。


それは
何かが ちょっと ずれただけでも
そう言う 事実が起ってしまう。

何千万分の一秒という
時間の ずれだけで
私は 木を借りる事に 成ったかも知れない。

実際のところ
どれを 借りたところで
この事実に 気づいた時には

此処に 
辿り着いた時には
それは 同じ事だ。

あなたの
思っている あなたは
あなたの借りている
身体のところにしか
いない様に思える。

それは 
あなたの身体が
生を 受けた以降に
出来上がった あなただからだ。

ところが
私に見えるあなたは
私の中にも あなたの中にも

あの
木の中にも 同じだけ
注ぎ込まれている・・・。


ある
エネルギーが
あなたの誕生の瞬間に

この
誕生というのは
あなたが あなたのお母さんから
出てくる時を 言っているんじゃない。

あらゆる
ところに
あらゆるエネルギーが 活きづいている。

例えば
精子だって 卵子だって
生きている。

それ自体が
ひとつの生だ
生とは 物凄く
奥深い神秘的な現象だ。

そして
その色々な生同士が
色々な エネルギー同士が

結びついて
型となって
表われ出てくるのが

あなたの
身体だけど
実際には その精子が
生み出された時から始まっている


そして
母親の体内で
あらゆるものと結びついて

そして
あなたの借りている
その身体は 育っていく。

あなたの
身体は
あらゆるエネルギーの集合体。

それが
母体から
産み落とされた時を

人間は
誕生と言っているけど
実際は そうじゃない。

エネルギーが
流れ込んでいるからこそ
あなたの その身体は 機能しだす。

その身体が
機能しだすと
身体は 身体自体で

身体を
維持しようとする
それが 本能の次元 自然的生の次元だ

そして
沢山の 身体 同士が
生きて行く為の 約束ごとの次元が

いわゆる
理性の 道徳の次元が 社会的生の次元。

この
二つの次元を 生み出してしまう。



なにも
この二つの次元が
最初から有った訳じゃない

身体が 
身体自体で
身体を維持しようとした段階の次元を

あなたは
あなたが やっている
自分が やっているんだと 錯覚してしまった。

それを
自分だなどと 錯覚したら
当然 それを 隠す為の 次元を
あなたは 作り出さなくっちゃいけなくなってしまう。

これは
二つで一組のもの
どちらも あなたなんかじゃない!

そして
この二つの次元は 
単に 大人と子供との違いにすぎない。

自然的 生の次元とは
例えば 食欲が沸いてくる
すると 食べる。

そこには
マナーも 行儀も
何も無い!

ただ
食べる事だけ
身体が 身体を 維持しようとしている。

その
食欲を
いかに満たすかだけだ。

動物に近い
それに比らべ
社会的 生の次元というのは

人間独特のもので
その食欲が 沸いてくると
それを あまり露骨に見せずに

同じ目的を果たす
あくまでも 目的は同じだ!

ただ
違う事が ひとつ
それは 他人を 人目を

考えに 
入れるという事が
違うだけであって
品が良かろうが 悪かろうが

この
二つの次元は
同目的に向って動く。

方や いかに綺麗に
方や ストレートの 違いだけだ。

むしろ 
自然的 生の次元の方が
正直ではある。

もう
ひとつの例を出すと
道にきれいな女性が歩いている
そして「いい女」だと感ずる。

プロポーション
顔 全てが魅惑的だ
抱いてみたい・・・。

自然的 生の次元は
そこが 道端で 
有ろうが 無かろうが

公衆の面前で 
有ろうが 行って抱いてしまう
相手の意向も何も 有ったものじゃない。

自分を 
もろに押しだす
動物は そうだよ。

その
次元の中で
生きている犬は
ホテルになんか 行きゃしない。

社会的 生の次元では
同じ様に感じてもそうはしない・・・。

まず
その相手の住所を調べたり
電話番号を調べたりと

そして
こちらに相手を
引きつける 為の

数々の
アプローチを試みる
洗脳だ。

そして
優しさから 思いやり
プレゼントに 至るまでの全てが

その目的を
達成する為の 
ひとつの手段だ
真からのものじゃない 方法だ。

そして
同じ目的を果たす!!
だって自然的生の次元で行動したら
人に なんて言われるか 解からないし

それに
第一 警察が 飛んできてしまう。


この二つの
次元は 同質だ
一見 二つに見えるけれど
それは良く見ると 一つだ。

目を 凝らして見れば
一つで 有ることが 解かる。

そして
その次元は 
身体が 機能しだした後から

生まれ出て
来ているんで有って
それ以前から有った訳じゃない。

もしも
そこに身を置いて生きると
物事の終りとか 死というものが

常に
あなたの
敵対関係に有る。

何故なら
身体の機能停止は
身体 だけでなく

あなたが
身を置いている
その二つの次元をも 打ち壊してしまう。

様するに
あなたが
あなたと思っている所の
ものまでストップさせてしまう。

だから
物事の終極とか
死が 非常に怖いものと成ってしまう。

絶対に
来るべきものと
敵対関係に有る 生

それは
生じゃない
休みない 戦いの毎日だ。

愚かな
生だよ そんなんじゃ
生を 受けた事を 恨むしか 無いじゃないか!

違う!!
生は もっと素晴しく
活き活きとしている。

それが
そうでないのは
あなたが その二つの
次元の中や 借り物で有る 身体の中に

あなたを 
見い出そうと
するからに 他ならない・・・・・。

その
二つの次元が
生れ出てくるのは

あなたの
身体が
生き始めた後からだ。

では
身体を生かしめているのは 
一体 何か?
あなたじゃないだろう?

だって
あなたが 
あなたを見い出そうとしている
その二つの次元は
身体が機能しているからこそ
生れ出てくるのであって

まだ身体が 
機能していない時には
そんな次元など 生れてはいなかった。

そして
あなたが生かしめているのでも無い
身体を生かしている 何ものかがある。

その何ものかが
あなたの身体を借りて
あなたの身体の中に流れ込んで来て

初めて 
あなたの身体は 生き始める
あなたは その流れ込んだ側であって
流れ込まれた側の 身体の方じゃない。

ちょっと
やっかいな事に
流れ込んだと 同時に

身体は
機能しはじめ
それを 維持しはじめる。

それを
自分だと思い込んでしまう
それと 同化してしまう。

それは
丁度 こんな感じだ。
車を 運転した事の有る人なら解かる

車を
運転すると
ハンドルと アクセルと
ブレーキで車の中に 乗っている人の
思いのままに動く。

運転手と
車が一体化してしまって
同化してしまって
まるで手足の様だ 自由自在だ。

それは 
生きているみたいだ
その車は 生きているみたいだ。

でも
車自体は 生きちゃいない
車が 車を 動かしているんじゃない。

中に
運転手がいて
始めて動き出す・・・。

車が
車自体で
動いているんじゃない。

それを
動かしめている人が
中にいるから動く。

丁度
これと
似た様な 感じだ。

あなたは 
身体じゃない
ましてや その身体が
今までに やってきた事なんかでもない・・・。



茶筒を
想い浮べてごらん
空っぽで 中には 何も見えない。

物質の世界にいる私達には
何も物が 見えない状態の中は
何もないと 判断する

その中に 
確かに 物は 何も無い。
でも "空っぽさ"がある

空間が有る
そして その茶筒自体が
あなたの 身体だよ。

外側の空と
内側の空を
隔てさせている身体。

その内側は 空っぽだ
何もない様に見えるけど
ちゃんと 空間が有る・・・。

そして
茶筒を 隔てた外側には
何処までも 広がる
途方もない 空間がある・・・。

あなたは
茶筒自体でも 無いし
何も有りはしない茶筒の内側の 空問に想像で
描いている過去や未来(目的)や 信念なんかでもない。

あなたは
茶筒の内側の空っぽ
小さな空間だ・・・。

それ自体が
あなたと 
気づいたその時・・・。

茶筒の外側の
どでかい空間と 
ひとつに溶け合ってしまう。

そして
此処こそ
心越えたる処だ・・・。



そうすると
あなたは 何処にでも居る
此処にも あそこにも

あの人の中にも 
この人の中にも
あの木の中にも この草の中にも

小さな内なる
空間を見い出せる。

そして
そう言った内側だけにじゃない
その外側にも いたるところ 空だらけだ。
あなただらけだ。

その あなたは
不可視なるもので 有り
不可死なるものでも 有る

いつも
満ちたりている。

何故なら
あなたは この地点で 
本当の 命の源に・・・ 
大海に・・・大海原に・・呼び方は何でもいい。
初めて 帰れるのだから。

そして
そこには
自然に 湧き起こる
限りない 祝福が有り 感謝が有る
それが 祈りの何たるかだ・・・。


そして
私に出来た事は
あなたにも 可能だ。

何故なら
本来的な所で
あなたと 私はどこも 変るところが 無いのだから。

でも
その気に
成らなかったら
多分 無理では有る。

それを
その気に成れないのを

「 私は 求道者でもないから
そこまでは 必要とはしていなかった 」とか


「 今現在が まあまあ 以前よりも
問題なく進んでくれさえしたら 良いだけだ 」 とか

そんな
誤まかしを
自分に対してしない事。


この最後の
究極の開華以外に
あなたを 落ちつかせてくれる場所など
何処にも有りはしない・・・。

それは 有ったとしても
結局のところ 一時的なものだろう。

人間にとって
残されている たった ひとつの道は
これ以外において 他に無い
これ以外の全ては 誤まかしでしか 無いだろう。

たった
ひとつの可能な道を
塞いでしまう事 それは とても不幸だ・・・。

それは
世にある最大の不幸だ
その道以外の どれを選んだところで

あなたは
あなたの最終の死への
ジャンプの時に 後悔をしてしまうことだろう。

だが 
その時には もう遅い・・・・
その段階では 誰にも助けることなど出来ないのだから・・・。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO16★


◇「ありがとう」と
     「さようなら」◇

私が 
気づけた 
最大の理由がひとつ

それは
あらゆる方向に
最大限の努力をして生きていた時

その努力は
どこへも連れて行っては
くれない事に気づいた・・・。

その努力を
行なっている時には
努力をして 何でも自分の
思い通りに なっている時には

自分でも気づかない内に
自分というエゴを
自我を 我ならぬ我を
より強めてしまい

すると 次々に
思い通りにしたいという感覚が
湧き起り 
それが起れば
当然 努力をしてしまう



そして 
それは 一時たりとも
私に休みを与えてくれない。

本当は
ヘトヘトになっているのに
その努力は どこへも行きつかず

ただ
自己の過大評価を
させてしまうだけだった。

そして
当然それが 過大評価だから
いつか崩れてしまうのではという

過大評価ぶんの不安が
いつも いつも心の底にあった・・・。



そして
今まで生きてきた
人生全体が 間違っていたと気づいた時

このままでは 
同じ輸の中を
グルグル回るだけだと気づいた時。

始めて
その努力全体を
逆に切り変えた・・・。

今までが
自己の エゴの強固であり
過大評価だったのだから

それを
エゴの粉砕の方向へ
ただ ありのままの事実を見る方向へ。

勿論
自分の生まれた頃まで
逆のぼって 過去の一切を見た。

何か
不安や恐怖があるたびに
それと類似した過去の一切を見た。

それを
やりにやり続けた・・・。

それを
見ようとすると
エゴが 今までの 私が
必死に なって引き戻そうとする。

それを
やめさせようとする
それを 越えて見るということは

とても
苦しいものだけれど

それを
放置したまま
それに 目を背けたり
自分を 誤まかす事の方が

よっぽど 
苦しすぎる事を
もう知ってしまっている。

だって
一生 それにビクつく未来が
見えるし それとの戦いの毎日に 成ってしまう。

だから
最初の内は あえて それらを見てみた。

すると
その内
それをすれば するほど自分が軽くなる。

そして
最後の段階では
今日までの 一切の日々に

一切の
私と 関わった人達に

憎んでいた人にも
好きだった人にも
すべてに対して

そして
今日まで 訪れた
苦しかった 状況にも
楽しかった 状況にも

すべてに
全体に 対して
私は 頭を下げた。

そして
全てに 「 ありがとう 」と 一言


そして 
全てに 「 さようなら 」の 一言

だって
今 こうやって
気づけたのは その全てがあったからだ。

決して
私がそうしたんじゃない。

ここまで
私を 色々な人や 状況が
連れてきてくれた。

その中の
僅かな物が
欠けていても
これは 起らなかっただろう。

悩んだからだ
苦しんだからだ
だからこうやって 気づけた。

悩みや苦しみは
もはや敵じゃない
むしろ 最大の友だよ!

すべてに対して
「 ありがとう 」と言ったのは
あなたにも 理解できるだろう

「 さよなら 」を 言ったのは
「 ありがとう 」だけじゃ
今度は それら全体を 自分の内側に残してしまう
生かしてしまう。

だって
それは 余りに 
ありがたかった。

言葉なんかじゃ
言い表せない感謝だ。

だから
余計それにしがみつき
内側に 留めて置きたくなる。

けれど
その すべては 
もう終ってしまっている。

今は
もう無い
自分で勝手に
無いものを 生かしめておいた

「 さよなら 」を 
言ったのは 無いものを 
ちゃんと 無くさせてあげたんだよ。


これは
とても大事な事だ

すると
未来の一切も
完全に消え去ってしまった。

もう
何ものも
私を縛るものはない。

続いて
最後の最後に 私さえも消えた
エゴは完全に 蒸発してしまった...。


だから
今の私は
悩みも 苦しみもない。

たとえ
それが来ても
私は その中に 入っていって

それと
ひとつに 
なってしまえる。

そしたら
悩みは 悩みでなく
苦しみは 苦しみでなくなる。

あなたが
それと 敵対関係にあると
悩みは 悩みであり
苦しみは 苦しみであり続ける。

それは
あなたが
それに逆らおうとするから

そうしてしまう
そうは 成りたくないとか
もっと こうしたいとか
こっちへ 行きたいとかが 有るからなんだ。


私にはもう
そんなものは 何ひとつない
生とひとつになって

それが 
連れて行くところだったら 何処にでも行く・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO17★


◇落下・・・◇

傲慢になってしまった時に
       必ずや起きる"落下"

多くの人が
せっかく気づいた処から 滑り落ちてしまう
大きな原因のひとつは

すべてが
間違っていたと
気づいたにも 拘わらず

これだけは
そうじゃなかったと
思いたいものを引っぱり出して

それに
屁理屈をつけて
間違いを 間違いじゃなかったとしてしまう事にある。


それは
エゴの罠だよ。
自我の復活だ。

過去の中の
たった ひとつでも生かそうとすれば
すべてが 生き返ってしまい

自分の中で
収拾のつかない
かっての状態に戻してしまう。

茶筒の
内なる空間を
一杯にしてしまう
もう 大変な混乱だ・・・。
全てを ふりだしに戻してしまう。
ここは 苦しい・・・。

一度
空の深遠な安らぎを
味わった人なら誰もが
以前の状態に戻ってしまうと
とても深い渇きを憶えるものだ。


あなたが気づけたものは
ホンの 一握りのものにすぎない。

まだまだ
あなたを 縛るものが 
あなたの過去の中に山ほど有る。

ほんの
針の穴を
開けた程度に すぎないという事を
どうか憶えておいて欲しい・・・。


その穴を
広げようが 埋めようが
そのまま 足踏みをしていようが

それは
あなた次第だ
あなたの選択だ。


何故なら
それは あなたの人生なのだから
全ての決定権は あなたの手の中に有る・・・。



"あなたと言う エゴの実の落下"


あなたが
解かった気になり
傲慢に成れば成るほど
あなたと言う エゴの実は太りに太る

余りの重さに
耐えられなくなった
あなたと言う エゴの実は自然に落下する。



その落下した場所を 
あなたの転落した場所を

拒絶するのではなく
新しいあなたの居場所として

素直に受け入れた時
あなたは再び帰り着いているよ・・・。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO18★


◇全面降伏・・・◇

どうして
部分的では いけないのか
どうして全面的に認めなければ
役に立たないかを

イエスの
言葉を借りて 説明すると

イエスが 
何人かの弟子達を 連れて旅をしていた。

その旅の途中
ある お金持の屋敷を 
通りすぎようとすると

その屋敷の主が
イエスの一行を見つけて
召使いに 言いつけ
屋敷内に招き入れた。

そして
旅の疲れを癒した
イエスの一行が再び 旅を続けようと

身支度を
整えている時
その屋敷の主が イエスに言った




「 私を あなたの弟子にして下さい
もしも 願いを聞き入れて下されば
私は 私の今 持っているすべての財産の半分を
貧しき者達に ほどこします 」

それを聞いたイエスは...
イエスとは言わなかった?
首を縦には ふらなかった

「 何故半分なのか
あなたの 持っている すべてのものを
投げ打って 貧しき人達に与えられるなら
私は あなたを弟子にしょう 」

主は 
困ってしまった
そこまでのつもりは
無かったからだ・・・。

そうして
こう思った 

「 イエスという
この男は 何て事を言うんだろう
折角 私の持っている半分もを
失なおうという気でいるのに
今までは 半分だって そんな気にさえ成らなかった
それを この私が 折角 最大限に
こんなにも 考えて上げているのに
この男は 一体 何て事を言うんだろう
私の善意が伝わらない
こんな男の弟子になったところで 先が見えている 」

そう考え
その主は それを断ってしまった。

だって
それでは あんまりだ
半分までだったらいい

でも
全部だったら
今までの私が 私でなくなってしまう。

これが
あなた方の心と言うものだよ。


イエスは
今までの あなたなんか
消えて 無くなって欲しい

今までの
あなただったら
私の弟子になる事など
不可能だと言っている。

今までの
あなたで 有るから
苦しみや 悩みが生まれる。

それは
今までの あなただったら
必らず 生まれて来てしまう
悩みや 苦しみだから

まずは
一番の最初に
今までの あなたなど
無くなってしまう事が始まりだ。


にも拘らず
その最初の 第一歩が
一歩を踏み出せずに
半歩だとしたら・・・。

これはもう
話にならない。

半分までなら
捨てられると言うあなたが
今までのあなたの 人生全体に現れている。

それは
ずっと そうだった
あなたが まだ幼い頃からの歩き方だった。

ワンパターンだよ
もっとも重要な第一歩を
半歩しか踏み出さないあなたは
多分 ずっと そのままだろう・・・。

大切なのは
この一歩だ
なのに あなたは
半分は ちゃんと捨てたと言い張る。

そう
半分は確かに捨てたけど
残りの半分はどうした?

依然として
ちゃんと守っているじゃないか
そしたら それは自分を守っているという事に
関しちゃ以前と少しも変らない。


前の
まんまだ 
これでは あなたは
何にもしてないのと同じ事になる。

全部を
捨てられない限り
たとえ 90%を捨てられたとしても

それは同じだよ
守っているのには変りはない
私も あなたに 同じ事を要求する

あなたが 
もしも本当に
これに気づきたいのなら

「 ほとんど
間違っていた事は 認めたけれど
このひとつだけは 違います 」

なんて言うのは認めない。

100%だ
完全に全部だ
真実に対しての全面降伏だ・・・。

その時でなければ
私の言っている事など
あなたには 聞えないだろうし

私の
言っている事が
真実以外の何ものでもないことを


あなたは
実感として
捉える事は出来ないだろう。

実感で捉えることが出来なければ
あなたに 復活は 再生は起らないだろう。

いくら必死で こんな話しを 
頭の中に掻き集めたところで
あなたには 何も起きはしないだろう。

そんなことを したところで
知識として持ち歩き
人に話して優越感に浸る事が出来る程度だ。

私は あなたに
そんなものを伝えたいわけでは無いのに・・・・・。












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