ヘッダーイメージ






★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO19★


◇風の様に在る道◇

生は まさに風の様に自由自在


以前 私が話した
カルマの話しを憶えているだろうか・・・?

あの ゴリラを例に出して
説明をした カルマの話しだ。

受け継いだものを
そっくり そのまま受け継がす。

そして
どうあがいても
そこから 抜け出す道はない。

あなたは 
受け継いだもの以外には 成れない
それ以外では 生きられない。

それ
以外では
生きられないのに
それ以外で生きようとする。

何か
他の者に成ろうとする。

そして
それが失敗に終ったり

思う様に進まなくなった時に 
あなたは悩む・・・。

まず最初に
勝ち目の有り得ない戦いに
出て行く事を 一旦やめる事だ。

何故
勝ち目の無い戦いに出て
行ってしまうのか・・・?

それは 
あなたが小さい頃から 今日まで 
外側の人々から 教わってしまった

こう 有るべきだとか
ああ 有るべきだとか
これが悪いとか
あれが良いという

理性や
道徳によって
あなたは あなたを作り
実際の自分が受け継いだものでの生を

悪いものだと見なし
その生を内側に
しまい込んでいるからだ・・・。

そして
誰よりも あなたが 
その内側の自分を 裁き続けているからだ。

受け継いだ
その生以外では 生きられない
あなたが それを裁く

何故
そんな必要が有るのだろう?

だって 
それは あなたが
そうしたんじゃないのに・・・。

もしも
あなたが その生を選んだなら
反省も 裁きも必要だけれど

それは
あなたが 選んだ訳じゃないのに
あなたは 受け継いだ生を 裁いて

内側
深く仕舞い込み
あなたじゃない あなたを作り・・・

それに
しがみ付いて
生きようとする。

まず
第一に 気がつかなければ
いけないことは

受け継いだ生を
内側に 仕舞い込む事を
している あなたは

他の誰よりも
あなた自身が一番
その生を 否定しているという事を
表している。

そして
その生を 隠す為に
作り上げた生・・・。

作り上げた
自分の根本は
受け継いだ生自体から
発生しているのだから

あなたは
一見 変っている様に見えても
それは 変っちゃいない。

あなたの親も 
そうして 生きた
同じ様に 生きた。

そして又
あなたの 親の 親も
その又 親も
あなたと 同じく

今の
あなた そのものの様に
内側に 受け継いだ生を隠し
その上に 作り物の自已を築き 生きた。

あなたも
その人達と
まったく同じ事をしているのに

あなたは
それを自分一人だけが
さも 初めて そうして生きている様に
受け取ってしまう。

そうして
生きるから
あなたは余計に
親 そっくりに 生きてしまうことを 知らない。

あなたが
親を嫌い
あんな親には
成るまいとする事が

余計に
親そっくりに成ってしまう。

だって
あなたの親も 
親に対して そう感じ

あんな親には 
成るまいとして 生きた結果が
あなたに 嫌われる親と成ってしまっている。

これは 悲劇だね・・・。

そればかりか 
あなたが 親と成り子供に
どう見られるかは 
既に 結果が出る前から 決っている。


まず
あなたが内側に
しまい込んでいる
受け継いだ生を 否定し
それ以外で生きようとしても

そんな事は
不可能だと言う事を 理解し

その上で 
今度は それは何も
あなたがしている訳じゃないという事を理解する。

あなたには
それ以外 出来ない様に
仕組まれている。

それは
あなたが した事じゃない。

これは
世の中の多くの人達に
起ってしまっている事だ。

あなたが
した事では 無いことに 対して
良いとか 悪いとかは 要らない。

その
良い人間だとか
悪い人間なんだとか

自分は 
良い事をしているんだとか
悪い事をしているんだという考え
自体が 邪魔なんだ。

それは
あなたのした事じゃない
流れ全体のしている事だ。


反省も
裁きも要らない
ただ 理解が必要だ。

覗き見る事が
必要とされている。

何故なら
自分が していると考え
良い 悪いと見なしたら

もう
それ以上
先を見る事が
不可能となってしまう。
事実を遠ざけてしまう事になる。

では この逆に
私じゃなかったから
良いんだという だけでは

あなたは 
その流れの中の
ひと流れになり
カルマの流れから
抜け出す事は 出来ない。

良い悪いは
あなたを途中で
固めてしまう
あなたは その二つを越えて
物を 見始めなければ成らない。

私の
本当の狙いは
あなたを あなた自身から解放することにある。

そこに本当の 
あなたの誕生がある。

だが
折角 誕生を 遂げても
再び あなたは あなたを作り

その作った 
あなたが 我ならぬ我が
牢屋と成り 誕生した あなたを
その中に 閉じ込めてしまっている。

何度も
何度も牢屋の中に
閉じ込めたり 誕生したりを繰り返してしまう。

その事実全体に
目を向けられる地点まで
あなたに 歩いて来て欲しい・・・。


そして
その事実全体に
目を向けられる地点こそが
唯一カルマの影響が及ばない領域であり次元だ。
その次元とは"空"そのものだよ。


カルマが影響を及ぼせるのは
"私"に対してだけだ。我に対してだけ。


自己の消え去った
空間にはカルマは引き継がれようが無い。


だから 私は こんなに執拗に
あなたを 空へと誘う事をしているんだよ。


これは
別の言い方をすれば
自己救済の仕方を
伝える講座でも有るのだから・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO20★


◇風の様に在る道 2◇

そして
ここまでの事を
ひとたび理解 出来たら

あなたが
空(くう)を一度でも
味わった事が有るのなら


ひとつとして
自分に対して
人から物事を 強要させるべきじゃない

人から 
物事を強要されて
動いてはいけない

人からの
強要や 強制を
行動の原動力としてはいけない。

何故なら
それをすると
あなたが 二つに分かたれてしまうからだ。

自分の意志と
人からの 意志
当然 二つに分かたれてしまう。
ひとまとまりじゃない。


もしも
他からの 強要によって
あなたが 行動を起こすと
その行動を 取っている間

あなたは
何の意味もない生を
過ごしてしまう

だって
そうしている人は
内側で 自分の意志の方を
考えっぱなしだ・・・。

無駄な生を
過ごしてしまう

例え
その事が
誰が見ても
当然 悪い事でも

ここまでの事を 
ひとたび 理解した体験が
あなたに 有るなら

あなたの
考える意志の通りに
行動すべきだ。

良い 悪いではなく
あなたの意志の 向かうままに動く
そうした方が あなたは 活きている。



そうして
活きたまま
目を開いたまま
自分の意志で進み 苦しみ もがく。

最後には
その方向に
進めなくなり

その時
あなたは
誰の強要も受けずに

自分の
意志で
正道に帰ってくる
これが 成長だ・・・。



こうする事を
あなた自身に許せば
あなたは人にも その成長過程を許す事が出来る

頭の中で
先を見て
ブレーキをかける生き方など
ひとつの成長もないだろう。

それは
まだ 道徳や 理性において
ブレーキをかけたり

今までに
作り上げた自分が
壊れてしまうといった
 
恐怖心から出る 
自分を守りたいという考えから
あなたが 生きている事を 表わしている・・・。

そのままでは
あなたは 生きられない。

しだいに
あなたは どんよりとした
雲空の様に 成ってしまう・・・。




何をも恐れずに
自分にも 他人にも 
何の強要もせずに

求める事もせずに
歩き始めた時 
あなたは 初めて生に出逢える

その時
あなたは成長し
晴れ渡る 雲ひとつない 空の様に成れる。




そして
常にそんな歩き方だ。

一度 
そういう歩き方が
出来たからといって 満足してしまうと

再び 
あなたは
安心感のある 歩き方をする
上手くいったパターンを
無意識に持ち歩こうとする

すると
再び 生に出逢えず
どんよりとした
曇空に 成ってしまう。

常に
何をも恐れず
自分にも 他人にも
なんの強要も しない歩き方が 必要だ

自分の
やりたい事をする
歩きたい様に歩くと そこに成長がある。

間違った道を歩けば
その道が 間違いである事を
身をもって知る・・・成長だよ・・・。

自分で
覗き切った 間違った道は
あなたは 二度と再び歩かない。

人に
注意されて
途中でやめた間違いの体験は

何度となく 
間違えても あなたが 
注意をされて やめている限り 

そこに 成長はない。

それどころか
再び その道を
歩きたくなる願望が 芽生える

その願望に
蓋をしてはダメだ
それは あなたの本性が
成長を望んでいる

再び
その間違いを
しない為に 自分の意志で

もう
進めなくなる所まで
進んで来させようと
あなたに成長を 促している。

だって
何故 それを したらいけないのかを
あなたは まだ身をもって知っていない。

それを
あなたが
頭で止めていたりしたら

一生 
あなたは
その行動を起こしてしまう可能性を
内側に持ったままで歩く・・・。

いつも
理性を 張り巡らさなければ いけない。

あなたの
内側では
一生 その問題と
睨めっこをし続ける。

理性を
張り巡らしている時
そこに 緊張感が生まれている

その
緊張状態から
解放されたい為の行動
ゆったりなどしていない

こんな状態での人生を・・・
こんな状態で歩き続ける人を・・・
果たして 生きていると言えるだろうか・・・?

そんな
状態でいる間中

あなたは 
永久的に脈々と
流れ続けて来ている 素敵な生を
味わう事を取り逃がし続ける・・・・。


だって 
こんなに素敵で爽やかな
香りを運ぶ風が吹いているのに

あなたは 
内側で 睨めっこをしている
なんて勿体無い事をしているのだろう・・・。

生は
そんな あなたになんか お構い無しで
あなたの直ぐ脇を 脈々と流れ続けている。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO21★


◇風の様に在る道 3◇

ひとたび
あなたに空を
味わった経験があるのなら

あなたの
意志で生きてごらん

そして
それが一体
どうなってしまうのかを 試してごらん

何を
もたらすのかを
見て来てごらん。


勿論
人からは
そっぽを向かれるよ

非難を 
浴びせられるよ
それは 非常に勇気のいる事だ

そして
何も得るものはない
それどころか むしろ無くす。

しかし 
成長はある
それは 無くし続ける道だ。

だが
いつか あなたは
晴れた空を 手にする事ができる!




あなたが
ここまでの勉強を
曲がりなりにもしてしまうと

自然に
以前よりも 
あなたには ものが見える。

その目で
もっとも 身近な人を見ている。

夫で
有ったら妻を

妻で
有ったら夫を

彼で
有ったら彼女を

彼女で
有ったら彼を

母で
有ったら子を

子で
有ったら母を

以前 以上に
深く見てとる事ができる。


すると
そこに あなたに 対する相手の
望みや 期待像までもが 見えてしまう。

夫の
望む妻

妻の
望む夫

彼の
望む彼女

彼女の
望む彼

母の
望む子供

子供の
望む母が

見えてくる・・・。

その期待像に
振り回されてはいけない。

その望みに
応えようとすると


最初の内は
ここまでの勉強をした人が
その望みに応えるのだから 最高にうまく行く。

だが
次第に それに応えている
あなたの負担となる。

あなたは
まるで相手の為に
生きているみたいに思えてきてしまう。

それでは
あなたは昔の
道に戻ってしまっている・・・。

もしも
あなたが
相手の望む あなた像に

自分を 
当て嵌めて
ピッタリ その像の様な人間に成れても

それは
その像を望んでいる人に
とってのみ 良い人問であって

別に
世の中で 
全体の中で
あなたが 良い人に 成れた訳じゃない。

すべての
人にとって
あなたが好ましい理想的な人に 成れた訳じゃない。

その次元にいると
当然 こちらを立てれば
あちらが 立たなくなる・・・。

人の望む
あなた像に 
成る様な そういった強要を
無理強いを 自分自身にする事をやめてごらん。

それは
馬鹿げている
それは 自分を作ってしまう事になる。

再び
あなたじゃない 
あなたを作り上げる・・・そして 生きる。

この世の中に
これこそ良い人間像です
などというものは 無い事を知りなさい。

ある人に
とっては良くても

ある人に
とっては良くない

ある
場所では良くても

他の
場所では悪い



これが
私達の生きている
世の中の構造だ。

その構造に
波長を合わせて
生きるのを やめてごらん。

それは
無理だ
そんなものを
手にする事は 出来ないと言う事に 気づくことだ。

そして
それらを 後にすることが

今の
あなたには
もっとも必要だ。

このことを
勉強したとしても
聖人君子になんて
ならなくても良い。

それは
誰か 対象者が有ると
そうなりたがる・・・。

人に
舞らされているんだ
誰かに好まれ様とする生き方を やめてごらん。

その
延長線上を歩けば
自分に対して 無理強いをしてしまう。


誰にも
好まれなくても
良いじゃないか

自分一人で
孤立してしまうかも知れない
それも 良いじゃないか・・・。

だって
あなたは その方が
ひとまとまりに 成れているよ。

誰かに
好まれる為に
自分に対して無理強いを
しながら生きて行く生・・・。

そして
内側では常にそれとは
相対する想いが 有る
こんな生は 極悪だ!

まるで
牢屋に ぶち込まれた
囚人みたいにして生きる。

あなたは決して
誰かの為になる様な
人間になる為に この世に生を受けた訳じゃない。

生とは
まるで意味なんてない
一切の意味なんて含まれていないんだよ。

ただ在る
ただ ただ在る。

それだけだ。


もしも
あなたが
生とは これこれこういう意味の
有るものだと感じたり 考えたりしていたら

それは
生を受けた後で
あなたが 勝手につけたものだ。

なんの意味もない生 
なんていうのを受け入れてしまったら

生甲斐やら 
頼れるものが
何も無くなってしまうという

あなたの心細さが
その意味を勝手に作り上げた。

馬鹿を 
言い成さんな
根本のところで
そうした意味付けをしているからこそ

あなたは
その意味付けに
従った生き方しか出来ないでいる

その意味付けに
縛られて苦しみ続けてしまう。

その
心細いという
感覚こそ 正道だ。
その心細さを誤魔化しては駄目だよ。

その心細さを
通り抜けた先に 何かが 有る。



だって
心なんか
実際には 無いのに
あなたは その心を保っていようとする。

それが
あなたと 
成ってしまっている。


その
あなたが
無くなった時にこそ
あなたは 初めて実体を持つ。




何も
意味が無いという事ほど
素晴らしい事はない。

だって
意味が無いのだから
凝り固まったりしない。

自由自在だ。

時には
西に向かい

時には
東に向かう

ある時は
南に向かい

ある時は
北に向かう
風の様なものだ。

風は
向かう方向が
自由自在だ。

それには
理屈があると思うかい?

風は
誰かの為に
向きを変えたり

誰かの為に
無風状態の様に
ピッタリと 止まったりしていると思うかい?

あの人が
こう望んでいるから
東に向かってやろうとしているのかい?


あなたが
泣いているから
可愛想で
風は向きを変えるかい?

そうじゃない
風には 感情なんてない
意志なんか無い。

私は
あなたに
風の様に自由で居てもらいたい。



そうしたら
更に深い純粋な空を
味わう事が出来るようになる。

不純物無しの 
純粋で巨大な空間を 
あなたの中に見い出せるように成れる。

それが解らないのは まだ あなたに
知覚することが出来ないからだけだよ・・・。

それらを知覚出来る様にするには
やはり いつも 私が言っている様に 
研ぎ澄まされるまでに徹底的に磨きぬかれた
あなたの感受性が必要とされる。

真実の探究には 
物事の裏側にまで突き抜けてしまう位に
豊かに冴え渡った感受性が必要だ。
そうして初めて物事は見えて来る・・・。

なぜなら
中途半端な感受性は 
あなたの内面をズタズタに傷つけてしまい
真実を探し出そうとする あなたに
致命傷を与えてしまいかねないからだ。

その逆に
豊かな感受性は 
あなたが真実に辿り着く為の 
乗り物になり あなたを 何処までも助けてくれる。
 

あなたの中に内在する空(クウ)は
今だ 汚された事など ただの一度として無いよ
例え どんなもので有っても そこまでは届かないのだ。

そして
純粋で巨大な空間は 
瞬時に あらゆるものを再生してしまう力を秘めている。


だから ここで私が
あなたにして上げられる事は
あなたの感受性を磨き上げる事と
この空間に案内する事 その二つだ。 
その二つの事を同時にやろうとしている。

それも この失恋克服 講座を読むだけで
それは起こる・・・。

講座を読んで それが起こらなくても
諦めずに何度でも試したらいい・・・。

あなたが
気持ちの中で警戒などをせずに 

リラックスをして家に居る時のような気持ちのままで
ゆったりと油断を仕切って2度目は読んだらいい・・・。
そして もうひとつ過度な期待もせずに読むといい・・・。

きっと何かを
感じられるようになる
その感じているものが何かを
あなたの目を皿のようにして探って行きさえすれば
更に深い何かが解って来る・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO22★


◇風の様に在る道4◇

だが
いきなり
それは無理だ。

第一歩は
人から 一切離れる
人に 一切 構わないと
言うところへのスタートだ。

妻に 夫に 
彼に 彼女に
親に 子供に対して 

何ひとつ
望まない 強要しない。

そして
その逆に相手から
望んできた事にも
あなたが 気に入らなければ応えて上げない。

しかし
あなたの意志は まだ有る。

その
あなたの意志通りに
動き回ればいい。

それは
簡単な様で
ずいぶん自分勝手な様で

実のところ
非常に勇気のいることだ。

だって
都合の良い時は
自分の意志を使い

都合の悪い時には
人に頼るという様なことを
言っている訳じゃないからだ。

常に
自分の意志として動く。

人から
強要されて
人の為にではなく

そしたら
そこから生まれ出てくる
一切の責任も あなたが引き受けなくちゃいけない。

もしも
誰かの為に
誰かに好まれる様に歩いていると

そこに
生まれでる問題の責任も
誰かの影にかくれて
自分じゃ引き受けない・・・。

あなたは
「 俺は 私は 自分の意志で
こう動いたんじゃない
あの人が そう望んでいたからだ 」と

内側で 
スルリと 
逃げる事が出来る。

こういった事を
自分がしているのも
人に対して させてしまうのも

どちらも
本人に とっての成長は
まったく 無いだろう。

まずは
自分の意志のみで歩く
すると その意志で歩く事が

自分にとって
何を もたらすのかといった
重要な意味を あなたは 目の当たりにし始める。

歩くたびに
馬鹿さ加減を目にし

最終的には
その意志 そのものが
ポロリと落ちて行く・・・。

あなたが
投げ捨てるんじゃない
意志の方から 勝手にポロリと落ちる。

その時こそ
何の 囚われも無い
感覚が無い 意志が無い
意志を持たない あなたは風だ 自由自在だ。

★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO23★

◇風の様に在る道5◇

人からの
どんな強要にも 構わない
はなっから 相手にしない

だって
風は 障害物を相手にして
そこにだけ吹き付けている訳じゃない。

それは
障害物の方で
勝手に自分だけに吹きつけている様な
感覚を持ってしまうだけだ。

障害物の方で
勝手に 風に戦いを挑んでいるだけだ。

だから 
障害物の声に
耳を傾ける必要などない。

もしも
そんな声に耳を傾けると
風は ノイローゼに 成ってしまい
風自体の動きまでもが 狂ってきてしまう。

違う
風は常に誰とも
戦ったりしていない・・・。



人から見たら
時には 悪魔の様に見えたり
様々な色に移り変わる。

だが
そんな事は
どうでもいい。

人に
どう見せる為に
あなたの生は 在る訳じゃない

優しく見えたり
冷たく見えたり
ピッタリと静止したままの
安らぎの中にあったり

自分でも
どうなるのか 解からない
それは 自分がしているわけじゃない。

ただ
いつも 良い人であったり
常に平静であることになんて
憧れなくていい。

そうなったら
人には良く見てもらえるかも知れない。

だから
あなたは
そんな状態をと願う。

だが
人に良く見られることが
あなたの生を豊かにする事は 有り得ない。

それは
ただ それだけで終わりで

そう 成ってしまえば
くだらない事を追いかけていた事を
あなたは 知ることだろう・・・。

時には
世の中の誰からも
相手にされなくなる位の勇気を持ちなさい。

時には
人から 悪魔と罵られる位の
勇気を持つことだ。

だが
決して
その状態で 固まれと言っているんじゃない。

そう
言ったものも
あなたの生を 
より豊かにする為の スパイスと成る。

より
深みのある 
生に入って行く薬となって

決して
毒には 成りはしない。

何をも
恐れない事


起ろうとしている事は
すべて起させてあげるがいい。

それが
たとえ どんな事だとしても
それを止め様とすることは不可能だ・・・。

物事は
必ず起り出せば
その完結を求める様にできている。

あなたが
生まれたら
必ず死ぬという様に。

その完結を
今の あなたにとって
都合が 悪いからといって
くい止めるという事は

それに
あなたが
戦いを挑んでしまった事になる。

それは
必ず あなたが負ける
負け 戦だ・・・。

ただ
負ける時期が
早いか遅いかの違いにすぎない。

そして
それだけでは
終わらせてくれない。

その間 
あなたは 
すべての生を
取り逃がすことになる・・・。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO24★


◇風の様に在る道6◇

あなたは
風を見た事があるだろうか
風は 目にする事はできない

吹きつけてくるのを
感じる事は出来ても
風を見ることは出来ない

吹かれているものを
目にする事は出来ても
あなたは 風自体を 目にする事は出来ない。

たしかに
風はそこにあるが
それを目にする事が出来ない。

もしも
そこに風と 
争うものが

何ひとつ
無かったら
風を見る事は出来ない・・・・・。

風は 無い
あなたがいると
風はある様に感じる

だが
あなたが 風と同じ速度で
逆らわずに流れたら

そこには
何も 無くなってしまう。

無風状態の時
風は一体 どこにあるのだろう
風は ちゃんと在る。

ピッタリと
止まったままではあるが
空として そこにある。

その空気こそ 
風になる
空気の動き それが風だ。

それは
一定の固まった
動き方などしない。

静止している時
そよそよと そよいでいる時
強くふきつける時

嵐の様に
荒々しく動く時と 
そこには自由自在な運動がある。

運動がないと
それは死んでしまう
澱んでしまう・・・。

そして
それによって生かされている
すべてのものも
連鎖反応で死んでしまう・・・。

それは
それ自体を生かす為の
運動だ どんなに優美なものでも

そこに運動がなく
固まっているとしたら
それは 作り物の様だ

それに何にかしら
死の臭いが 漂い
やがて それは絶えてしまう。

ここに
一杯のコップの水が有る
綺麗な水だ

今 
川の流れから
汲んで来たばかりの一杯の水

だが 
静止したまま
3日もたてば それは悪臭を放つ

あの時は
生きていた水が
今は腐って死んでいる。

運動の
必要性を物語っている。

もしも 
その水を 
こっちのコップから
あっちのコップと 作りだした動きでも
常に動かしていたら

その水は
死なない 暫くの間 活きる。

そして
もっと活かして上げる為には
川の流れに 自然の流れに その水を返す事だ。

それは
沢山の水と溶けあい
互いの生を流し込み合う。

それは
永遠に腐らない
死なない
生の 生自体の本流と流れあう時

あなたは 
永遠の中に
流れ込み始める。

そこは不死だ
その時こそ あなたは本当に生きる。
生と共にある 生自体になっている。




誤解しないで
欲しい事は
運動が無ければ 動きが無ければ

死を
もたらしてしまうことは
事実だが 私が最終的に言っている運動と言うのは

何かを
紛らわす為に
行動している事を
言っているんじゃない。

落ち着きの
無さの原因を
静視しない為に

それを
紛らわせる為の
自分の恐さから出る行動を
言っているんじゃない。

それは
成長する過程において
必要だが そこで立ち止まらないこと。

最終的に
来て欲しいところは

あなたの
外側から受ける
受動的な感覚も
あなたの意志も消えさった後に起こる
運動を言っている

その運動は
あなたの生に豊かさを 深みを
活々さを与えてくれる。

風の様に 自由自在
まさに 風そのものの状態の生こそ
真理だという事を あなたに伝えたい。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO25★


◇風の様に在る道7◇

風は
時にはピッタリと
静止したままだ。

そして
時には優しく時には強く
時には嵐の様に荒々しく

そう言った
風を見て
人は 風を様々な印象で捉える。

だが
どれも間違いだ
風は 一時として
再び同じ吹き方など繰り返さない。

似た感じは有っても
それは微妙に異なっている
風を定義する事など不可能だ。

風は
誰の希望にそっている訳じゃない
誰に気をつかっている訳じゃない
誰の 命令を受けている訳でもない。

そして 
不思議なことに
風の意志でもない。


ただ
全面的に 任せていたら
そうなってしまった。

それは
風の所為じゃない

風の所為じゃないのに
風が それを自分の
所為だと考え始めたりしたら

そこには 過って有った
自由自在さが 消え失せてしまう
これこそ極悪だ!

あなたは 
ぎこちなくなってしまう
折角有った 自由自在さを
ぶち壊しにしてしまう。

これは
何ひとつとして
益を与えてはくれない。

むしろ
全てを破壊に導く。

決定的な違いは
良いも 悪いも
自らに 強要しないし

良い 悪いで
自らを 計らない事だ。



そしたら だんだん
人にも 良い悪いで 
物事を言わなくなってゆく。

もしも
どうしても言いたい場合は
それを言う時に それは世間の中では間違って
いるなどと理屈をつけずに

「 それは 私にとっては 間違っています 」

と 正確に伝えることだ。

あなたにとって
都合が
悪くなるだけなのに

それをさも
世界の皆が都合悪くなる様な
言い方をして 人を捻じ曲げない事。

それは ひょっとしたら
あなたが 捻じ曲がっている証拠かも
知れないのだから。

良かろうが 
悪かろうが
人に自由を与えられる事だ。

それは
その人に成長を与えている事に
繋がるのだから

放っておくと言う感覚から
スタートしていい。

それは
やがて 放っておくと言う事すらも
傲慢だったことに
あなたが 気づける時がくる。

だって 
風の様になったら
放っておくと言う人さえも
そこには 居なくなると言う事だからだ。

何も無い 中身なし
以前は 内側に
思考やら感情が
有ったままの行動

それは
発散でしかないだろう
ところが 中身なしの空状態の運動

内側は
真空状態
そして 外側には運動がある。

その運動は
様々に変化する
そして その運動は
内側の真空さを成長させる運動だ。

その空は
より大きな空へと 成長する。

死なせない
より深みを与え
よりその真空を活き活きとさせる。


もしも 空状態で
運動まで止めてしまったら
そこに 活き活きさが無くなり

やがて
その空は
コップの水の様に腐ってくる。

それは
死んでしまう

それは
正という方向に
居っぱなしでは起こらない。

時には
悪と言われている方向にも
動いて行く事によってそれは起こる。

それは
悪だからなどと
理由をくっつけて
その道を歩いて行けないのは

あなたが
それは悪い事だと
解かっているからじゃない

あなたは
きっと 自分を
守っていたいだけで
その道を歩いていない。

あなたは
自分を理想的な人間として
置いておきたいだけなのかも知れない。

プラスと 
マイナスの
両極を動く事

正と 不正
良いと 悪い
道徳と 不道徳

世の中の
あらゆるものは
真二つに 分ける事で 区別しやすい様に

人々に 
受け入れられている
本来 そんなものは無いのに

互いの利益を
損ね合ってしまわない為に
互いの対立を少なくする為に

人間が
産み出した
作り出したトリックだ。

それは 
西洋の文化が生み出した
物事を単純化させる為に
二つに区分する二元論から発生している。

二元論とは
物事の本質を解釈したり
説明したりする為に 持ち入られて来た方法だ。



だが
人々はこの方法の中に
どっぷりと埋没してしまっている。

この
二元論に照らし合わせて
より 間違いのない生を 歩いて行こうとする。

だが 
この二元論は
あくまでも 物事を解釈する
ところまでしかいかない。

解釈というのは
知識となる
理解じゃない
解釈は 頭で知る。

理解と言うのは
身を 持って知る。
その 本質を味わう
その本質 そのものになる。

その中に入っていって
本質そのものとなった時
そこに理解が生じる。

解釈は
ブレーキにしかならない
それは 頭という介在がある為

間接的だ
あなたに成長はなく
どんどん痩せ細る・・・。


理解は 直接的だ
あなたに成長を与え 
どんどん 太らせる。

私は
理解を進めたいんであって
解釈じゃない。

解釈をすると
人はそれを 
知識として持ち歩く

頭で知っていて
知識が有効となっているのは
あなたが 理性を張り巡らしている時だけだ

だが
あなたに
問題が直面して来た時

張り巡らされていた理性は
どこかに消え去る ぶっ飛んでしまう。

勿論
知識なんて
その時には 出て来てくれない。

だから
あなたは 葛藤したり
苦しんだりしてしまう。

その問題が
アクシデントが起った時に
有効となるのは あくまでも理解の方だ。


あなたに どこまで
あらゆる物事に対して
解釈が 出来ているかじゃない

どこまで生を 
解釈しているかじゃない
どこまで 生に対する
知識を持っているかじゃない。

そんなものは
ガラクタ同然だ
どこまで 理解があるかだ

どこまで 
生そのものであるかだ
だから 二元論と言うのは

あなたに
抑圧と 知識を
与えるだけだと言うことを
知っておくことが必要だ。

解釈は 
何の役にも立たず
あなたを 振り回し
毒してしまう事になりかねない。

あなたに
より生とは縁遠い
まがい物の生を 与えてしまう。

生とは
そんなに単純じゃない
二つに区分する事など不可能だ。


世の中を
善と悪とで区分し
それに合わせて生きる

そんなのは 極悪だ・・・。
そんな事をしたら 生が怒るよ。
生は そんなに貧弱で 単調なんかじゃない。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO26★


◇風の様に在る道8◇

生は
もっと 奥深い
もっと 神秘的だ。

それを知る為には
二つに区分されている
この二次元の間を
運動する事によって

やがて あなたは
その相反する二次元とも
後にする事が 出来る様になる。

そして
さらに運動を続けて行くと
その運動は 物事への深い理解を与える。

それ自体が
良いか 悪いか 
などと言う理解じゃない

その二つの間を
運動している間に
出くわす全ての物事に対する理解を
あなたに 与えてくれる

そうなって
始めて 
あなたは 生と出逢える。


必要としなくなった運動は
どんどん落ちて行き
必要とする運動が 次々に現われる。

成長につぐ成長
真空は 活き活きとし死なない
常に流れ続けている 生き続けている
生と死を繰り返し続けている。

だから
常に 新たなる
真空さがある
この成長こそ無限だ

どこまでも
どこまでも広がる一方だ
それは 宇宙の様に果てしない
無限の広がりを持っている。

新しきものに出くわし
古きものを後にする。

次の瞬間
その新しきものは 古きものとなり死ぬ
息を引き取る 消え去る。

そして
新しきものと出逢う
毎瞬 これが繰り返されている。
この連続こそ生だ。

何かに
ぶら下がったり
一緒くたに 成っている暇なんて無い。
それが無限の成長だよ。

真空状態の中を
生は 通り抜けて行く
その生に 波長を合わせること。

ただし
真空状態の中しか
生は通り抜けられない。

あなたの
内側に 何かしら
ちょっとしたものでも有れば
もう 生を あなたは味わえない。

生は 
流れ続けて来るけど
それは あなたの直ぐ脇を通り過ぎて行く
あなたは それに気づかない

あなたの内側が 
真空状態となり その内側を 
生が通過し続けている時にだけ あなたに成長がある


それは
やっぱり いつも言っている通り
あなたが 居なくなった時だろうね
あなたが 消え去った時だ・・・。



そして
それには最大のコツがひとつだけある
毎瞬 あなたが死に続けられる事だ。



本当は 
生と死を
毎瞬味わえる事だと言いたいけれど

例えば あなたが20歳なら
あなたは20年間 生きても来たけれど
既に20年間 死んで来てもいるんだよ。
何も あなたは最後に まとめて死ぬんじゃない。
それまでの間も ずっと死に続けてもいるんだ。
生きて来ている自覚は有っても 死んで来ている自覚は無い 

あなたは いつも
何かを 生かしっぱなしで
生の方だけは しっかりと握り続けているから

毎瞬 
死ねる事だよ
毎瞬 壊し続けられる事。

毎瞬
死んでいる事に
気づき続けられる事


この気づきが
有りもしない思考や感情を
壊してくれることになる
「あっ・・・これって さっきのだ」ってね

たったの
それだけで既に無くなっているものを
ちゃんと無くしてくれるし 死なせてくれる。

あなたの中に真空地帯を
産まれさせてくれる。

嫌 そうじゃない
あなたの中に毎瞬 産まれ続けている
真空地帯に気づいて上げられる。

そこにこそ
新たな生は降り立ち続けているのだから
それを感知できること。




そうじゃないと
新たなる生が 入って来れないじゃないか

それが 
出来ないでいるから
悩みは 生まれるし
恐怖も生まれて来てしまう。

なぜ恐がる?
無くなったものを・・・
既に無くなっているものを
ちゃんと"無くなっている"と自覚することは
ちっとも恐いことではない。

だって事実に対立したら
あらゆるものが恐くなってしまうよ。
あなたの恐怖は あなたの手で作り出しているんだ・・・。

死は恐くない
死は誕生でも在ることを
あなたが生きている内に簡単にレッスン出来る。

それが出来ないから
あなたは 活き活きとせずに
どんよりした 曇り空の様に 成ってしまう。

死の恐怖から解放されて歩く生
何の囚われも無くなってしまった生
そんな生を あなたにも ぜひ味合わせてあげたい。

あなたは
見事に晴れ渡った
生 そのものに成ってしまう・・・。




何であれ 
あなたが ひとたび

何かに 囚われたりして
そのことについて 考え出した途端に
あなたは あなた独自の世界観を 持ってしまい

その 
あなた独自の世界観で
ものを見始めれば

次々に 
囚われを産み出し続け
あなたには 何ひとつ
リアルな あるがままを
見られなくなってしまうからだ。

誰に対しても
どんなことに対しても
決っして 偏るべきじゃない

その偏りが
囚われを産み出してしまう。

もっと
運動が必要だ
反対の極へ行って ものを見てごらん
それが 逆に見える

すると
どちらに 囚われたり 偏ったりする事は
自已を 捻じ曲げてしまい

そんな あなたで歩いたなら
すべてが狂いだしてしまうという事実を
あなたは目にすることが出来る。


私は
そのあなたの世界観を
あなた自身が作り出さなくなる道を伝えたい

最終的には
その一点だけを伝えている。


だが
その一点だけを見つめても
今のあなたが それとは ほど遠い位置に有るのなら 
かえって その一点を見つめて歩く事は
あなたの障害となってしまう事に なりかねない

だから
私の言っている事にすら
捉われる必要はない。

それで
あなたが苦しくなって
しまうのならば

今はかえって
それから離れ出した方がいいだろう。


だが
それを機に
そこから あなたは あなたの生を
生き始めることだ。


この事にかぎらず
全てを あなたの意志で決定しだす。

全てだ
何ひとつ例外なく
あなたは あなたの意志だけで生き始める



すべて
自分の決めた事で歩き出す
すると エゴは その意志は太りに太る

やがて
その実は枝にしがみついては
いられなくなり一人でに 実の方から
地面にポトリと落ちて行く。

この地点にまで
今のあなたには
歩いてくる事が必要だ。

その地点で始めて
私の話しは 囚われる事なく
実感として聞きとれる。

実感で聞きとれたなら
頭で聞いている訳じゃないから
あなたの頭には こびりつかない。

あなたが
まだ理解できていないから
理解できるまでに成長していないから

それを頭で聞いてしまい
わからなくちゃいけないとした時に
あなたは 囚われだす。
それが頭に こびりつく。

もしも
実感で聞いたなら
その言葉は あなたの真空状態の中を
流れ通って消えてなくなる。
だから とらわれようがない。




エゴを 
自己意志を
太りに太らし
それ以上 大きくなりようがなくなり

大地に
エゴの方から ポロッと
落ちて行く地点まで
歩き切っておいで。

そして
あなたが帰えってくる
それまで私は待っているから。

そしたら私の話しは
きっと うっとおしくはなくなるよ。

悪魔のさけび声には聞こえない。


それは
通り抜けて行く
風と同じ様なものだろう・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO27★


◇風の様に在る道9◇

今 
たぶん・・・私の話しは
あなたの中を通り抜けて行くのではなく
その脇を 通り抜けて行っている。

あなたには
それが解かるから
頭の中に しまい込んでおこうとする。

それは
かえって あなたを毒してしまう。
そんなものは 放り出してしまった方がいい。

既に
あなたの頭に入った時
質は 変わってしまっている・・・。

それは
私の伝えたかった事じゃなく
伝える為に使った 道具の方を

あなたは
頭の中にしまっている
そして その道具に 囚われっ放しだ。

そんなものは
捨ててしまう事で
その場は楽になる。



だが
あなた自身の
そうしてしまう癖が 抜けていないと
又 同様の事をする

拘る
囚われる
その癖こそ 問題だ
そのあなたの癖こそ 問題なんだよ。

その問題を
解決するには
あなたの成長が 特効薬となる。

そして
その成長への第一歩が
エゴが 落ちる地点まで

全ての
決定は あなた自身で決断し
あなたの 意志だけで歩くこと。

人を
事の決断に際して
使わないこと 頼らないことを勧める。

これが
あなたが 
あなた自身の生を
歩いているという自覚を
あなたに与えてくれる。

自覚が有れば
あなたは 人の所為になんて出来ない。


ひとつ ひとつの失敗を
全て あなた自身が認めて 歩いて行く道

やがて 
あなたは
あなたの頭で 描いていた あなたなど

どこにも 
居なかった事を
目にする地点が来る・・・。

実際の生の中で
その事実に出くわすのと
成長過程の中で知ったのとでは

天と地 程の 差がある
あなたは まだ カラクリを知っただけで
本当に 身をもって 知った訳じゃない。

本当に
身をもって知るというのは
その中に生きる事だ。

これこそ
本質的な知だ
今のあなたに その道が必要ならば

私が
言ったからではなくて
あなたの意志に基づいて

ちゃんと 
あなたが決断を下してから
その道を歩いて エゴの実が落ちる地点まで
旅をして来たらいい・・・。


だが
約束して欲しい
誰の所為にも 決してしないこと。

それは あなたが決める事だ。

あなたが 
あなた自身の生を引き受ける
そして 歩き出す・・・。

それは
今日まで成されて来なかった。

この世で 
あなたに出来る たったひとつの事を 
今日まで あなたは 避け続けて来てしまっている。

例え
妻であろうが
子供であろうが

あなたは 
あなた以外の人の生など
引き受けることなど出来ない。

それは 不可能だ・・・。

あなたが 
あなた以外の人の生を 引き受けた時 
あなたは あなた自身の生を 放り出してしまっている。

あなた
自身の生を
引き受けていない。

あなたが
それでも
妻や 子供や 親や
彼や 彼女の生が
気にかかってしまうのなら

あなたが
あなた自身の生を引き受けて
自身の生を 生き始めた時に

ひとり ひとりの
人間達には 自身以外の生は
引き受けられない 事実を 発見し

そこにのみ
成長があると言うことを
伝えてあげてごらん。

自身の
生を引き受けて
歩かなければ 自分の人生を 
台無しにしてしまう事を 伝えてあげてごらん。

そして
そうして生き始めた時に
初めて 何かに 出会えることを・・・。

生の本流と
出逢える可能性は
その道以外には 無い事を・・・。

だが
まずは
あなたが それを味わい
生の本流と 出逢っていないことには
その道が本当なのか どうかさえ解からない。

それ以前に
人に何かを伝えたら
それは 単なる受け売りにすぎない。

それは 
無責任だ
まだ あなたが 理解しちゃいないのだから
まずは あなたが理解することが先だ・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO28★


◇風の様に在る道10◇


そして
一人一人の人間が
自身の生を引き受けた時

互いの
摩擦など起こらない
だって 人の事など 問題視していないのだから。

そこに
摩擦が生じてしまうのは

あなたが 
誰かに好まれ様とする
誰の生でも無い生を

好まれたい
相手の生を
引き受けているつもりで歩いた時だ。

そこに
摩擦やトラブルが
生まれて来てしまう。

それは
誰の生でもない
誰の為にもなっていない
まがい物の生だ・・・。





そして
あらゆる問題が
どんどん どんどん消え去り
やがて あなたは 生の中に溶け去る。

生 
そのものになる
生の本流と 合流してしまう。


もはや
あなたの生なんてない
そこには 生の本流だけが残る。

その時 風だ
あらゆる運動をしながら
その 中側に 運動させている理由や
基や原因がない。

そここそ
究極の地点だよ。

そして
この風を人が見て
良いとか 悪いとか

間違っているとか
間違っていないとか評価しても
風は そんな事 気にもとめない・・・。

だって
風は自分など
とうに無くなり
今や 手放しで居る。

風の意志で
やっているんじゃない
それは 生全体から 流れ出てくる運動だ。

そして
この地点は
最初の自分の怒りの発散やら
何やらで行動していた時と

一見
似て見える
だが 全面的に違う。

質が違う
だから運動だと
私は言い方を変える。

だって
最初は中身が一杯
詰まったままの動き

そして
その動きは
その 一杯に詰まった中身自身から
発生している。

だが
この運動は中身「ゼロ」
中側は何もない 真空だ。

動きの
基となるものがない
理由がない。



その時
その運動は生自体から
流れ出ている。

あなたの
産まれ出て来た
源からの動きだ。

原初からの
源からの
宇宙からの運動だ。

ブッタは
ある事を語っている。

その
ある事とは

「 生は 生から 産まれ 出ている 」
「 生は 生からしか 産まれ出ていない 」と

言っている。

ブッタの言う
"生から"と言っている基は
どこを 指しているのかと言うと
空を 源を 原初を 宇宙を 指している。

この
最後の
風の様な状態までに

至った時に
初めて 源と 原初と 宇宙と
一体となれ

生は 
生から 産まれ出ていることが
全身で理解できる。

生と
一体となり
生 そのものの中に最後は溶け去り

その後に
残るものは 一切無く


そこに
いきなり どでかい生が
姿を現してしまう。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO29★


◇風の様に在る道11◇


その状態を
あなたに 伝えたくて
風を 喩えに使った・・・。

だが
まさに風そのものの様に
生は雄大だ。

生は
その 喩えがピッタリだ
それほど計りしれない。

それは
どんなに 賢い知識人達が
何人で かかってでも
その定義など出来るものではない。

だが 知識人達は
それを まず定義しなければ
知識として頭の中に納めることが出来ない為に

一生懸命 
それを定義しようとする
だが どんなに定義したところで
終わりっこない・・・。

だって
定義した 途端に
過去のものになり

この生は 風は
そんな定義通りに動いちゃくれない
そんな事には お構いなしだ。

生は
定義して頭に納めることなど
不可能だ。

たとえIQ300の
どんなに 賢い人が
何人かかったとしても

それは 無理だ
だが その人達にも
生を味わう事

そのものの中に
溶け去ってしまう事なら
可能だ。

知る事は不可能で
それ自体に成ってしまう事が可能・・・。

それは
何かを物語っている
何故 そんな事が可能なのだろう・・・?

それは
あなたが 
その生から出て来ているからだ・・・。

あなたは
本当はそれだからだ
それ以外の何者でもないからだ。


あらゆる生は
生からしか 産まれ出ていない
お父さんからじゃない
お母さんからじゃない

そこは
あくまで介在役だ
中間に位置する介在役。

その介在役が
「 私が 俺が 生を与えたから
私が殺す 」なんて事件が
たくさん起こっているけれど とんでもない。

その人達は
何かを 感違いしている。



そして
動物や 草や
木や 小鳥と
すべての存在は 生から産まれ出ている。

だから
あなたと
少しも変わらない。

全ての
存在の中で
これが 優れているもの
なんてものは 無い。

その逆の
これが 劣っている
な〜んてものも 無い。

だって
源は 皆 同じなのだから。

だが
人間だけが 
それをやってしまっている。

事の優劣をつけたがる
人間が 存在の中で 最も
優れていると思い込んでしまっていて

存在の中に
高い低いなど
無い事を知らずにいる。

それだけでは 無い
人間以外と 比べても
まだ 飽き足らず

同じ
人間同士の中ですら
比較し合って

優劣で
喜んだり
苦しんだりしている。

そして
高い所を 目指す生か
それに 諦めて悲観する生か
それらを 紛らわす生かを
生として生きる・・・。

なんと
馬鹿げた事だろう・・・。

こんな生を
自身の生として錯覚して
あなたも 生きて 来たし
今も その延長線上に居るかも知れない。

あなたが
生の本流と出逢い
その生の中に 溶け去ってしまう日

その日
あなたに 伝えたい事は
全て 伝わってしまっている

もう
そうなったら
あなたに伝えるものは
何ひとつ残っていない。

そしたら
あなたとは さよならだ
肉体のレベルで・・・
有機体のレベルで
さよならをする・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO30★


◇全ての知恵を越えたる智慧 ◇


* すべてが落とされた後に
   あなたは再び世間に帰り着く・・・ * 


私達は今日まで
自分自身の問題で
周囲に負担をかけ合う馬鹿げた事を
気づかぬままに生きていた

それも さも当然のように

それらに気づき
あらゆる事を あなた自身の
問題として引き受けた時

それは 例え
理不尽で99%の原因が相手に有る様に
見える問題さえも相手の中に事の原因を見い出し
相手の所為にするのではなく

それは
とても難しいけれど
あなた側の1%の中に
原因を見い出せた時
そんな癖が あなたについたら


事は 
既に 解決に
向かい始めてしまう

こんな事が
出来る様になる事は
当り前の事であって
決っして誇れる様なものでも
誉められる様なものでもない。

常に
その辺に 視点が定められていたら
あなたの成長は 止どまるところを知らない。

もっと もっと当り前になって行く
まるで当り前すぎて 人の目には映らない。

あなたは
居るのか 居ないのか 解らない
まるで存在感が無い・・・。

必要も無いのに
自己を誇示するような
見せかけの つまらない
存在感と云うものが まったくと云っていいほど無い。

でも あなたは
一歩一歩 着実に当り前になって行くし
あらゆる事をやって行く。


そして
あなたは常に
真のあなた自身を生かす。

常に 
活き活きとしている
まるで存在感がない・・・。

しかし
ごく感度の良い人間達になら
理解できる本当の存在感がある・・・。

大きな引力
「空」本来の人間の 在り方
当然なる人間の生き方
あたり前な生。



ただ
まだ そこに至らない
人達から見たら

その生は
本当に途方もない
有り余る生だよ。

けれども
そこに至った人達は
口を 揃えて言う

ただ
当り前になっただけだと。



だから
私の話しを通して
あなたを連れて行きたいところは

今までは
内面が異常なのに
外側では正常を
当り前を 装っていたものを

内面を正常に
当り前になってもらい
勿論 外側も 正常に当然なってくる

それで
世間に帰えれば
何ひとつ
問題は生まれ出さない。

混乱は 
生まれ様が無い
なんでも全てが 可能に成り 長続きする
本当の人間の生だ。



ところが
多くの人達が
一番 引っ掛かってしまう所は

今まで内面が
異常だったのは知っているから
その異常さを 混乱さを

外に
見せない為に
必死で戦って 外側に正常さを作り出して
装っていた。

これは
その次元に いる人にとっては
非常に意味があった。



しかし
今度は内面が 正常になり
当り前になっているから
外側に正常さを作り出そうなどという
馬鹿な事はしない。

内面が
正常になったその人の周囲には
正常な空気が流れ出ているだけで 防壁がない。

すると
世間に歩み出て 行く事によって
そのものが 壊されてしまう様な感覚を持ち

それを
守ろうとする様な考えや
無意識から出てくる守りの癖と
一諸になってしまう・・・。
本能的な防御と一諸になってしまう。

こうして
またもや わざわざ自分で
混乱を作り出してしまう・・・。

それは
あなたが 
もっとも奥深い場所に有る 
まだ一歩も歩いたことの無い
一見 ひ弱そうに見える 本物の自己で 空間で
世間への一歩を踏み出した時に 消え去り

まさに
当り前の生を
楽しむ事が出来る様になることだろう。



今まで 私は 
第四の知恵講座を終了した人達に
この内側の内面の混乱を 治める為に

ただ「空」に
至る道のみ 説いて来た。
「空」に至る道に 
重点を置いて話して来た。

と言うのは
まだ 多くの人が
この「空」の状態にさえ
至っていなかった為に
そこを 力説せざるを得なかった。

だが
今 第四の知恵 以降
この「空」に至る道を歩んで来た人達の為に
100%そこに生ききった人達の為に

「さらなる道」を開示したい。

もっと 
当り前になる為に 
人は まず「空」に
至らなければならない。

それは
内側の 内面の 
混乱を治める為の
たった ひとつの可能性だ。

そして
ここが イエス ブッタと


様々な人達の至った
ごく 当り前のところだ。

だが
僧侶でも無く
山に 篭って 
生きて行くのでも無い あなたは 

もし 
此処で
立ち止まった
ままでいては 生きられない。

世間に生きる 
あなたは この「空」で
立ち止まったままでいると
更に深い混乱を引き起こしてしまう。

この「空」に達し
混乱を治めた 
あなたの内側は 内面は

静かになり
「空っぽ」に 成る
これを 私は 正常状態という。

この
正常状態を
今度は 世間の中に 持ち帰える。

正常状態の
「空」に至った状態で
ありと あらゆる事を実践する。


これが
ちょっとばかり
勇気がいる・・・。

なぜなら
まず始めに
あなたが 当たり前の様に身に着けていた
防壁が バリアーが 今は既に 無い。
本能的に備わっている防壁を超えるのは
とても難しいからだ・・・。

そして次に 
以前の あらゆる事を
やっていた時の 基と成っていた
原動力と成っていた 見栄や 憎しみや 
何も かもが もはや 無い。

それを基に
何かを やっていた基がないから
勢いが出ない・・・。

勢いとなる基も 無い
「空」のまま世間に入る事は
とても恐い・・・。

そこで
此処までの事を 
成長課程で得た知識を
基にして 入ろうとする
これも当然駄目だよ
元の木阿弥に成ってしまう。

何も 
無いまま
ありとあらゆる事をして行くと

目の前の
ありと あらゆる事柄の
問題が目につく

今までは
当り前にして
やっていた事が
問題だらけである事に 気づく

その自分の
目の前にある問題を
ひとつ ひとつ 片付けて歩く

何ひとつ問題は
無くなってくる
すべてが可能になる。

すると
その積極性は
内面の「空」に
豊かさ 深みを与え出してくれる

そして
その豊かさ 
深みのついた「空」は 内面は 

外側の
積極性の手助けとなる
深く純粋な視力を与えてくれる
何ものにも基づく事のない ただの視力だ。

その視力で
行動を起こす
その積極性は 運動だ
更に内側の「空」に 深みを与える。

静かなる物と
ダイナミックな運動とが
本来なら 互いに対立してしまうもの同士が

互いに共存し
互いを補ない合い 
高め合い 活かし合う

それが
1人の人間の中で
素晴らしい調和によって 活きている

自からの手で(自からの内面が)
自からを助ける事が(自からの外側を運動を助ける)
成長という結果を 産み出す。

それに連らなる様に
表らわれ出る様々な結果は
全て こちらは満たされた後にやって来るものばかりだ
だから見返りなど必要としないし求めない。

視点は 
あくまで
内側の成長にあり
そこで満たされ続けられる。

外側に
現れる結果を見て
そこに視点を 合わせている
そんな薄っぺらい 幸福感じゃない・・・。




















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO31★


◇全ての知恵を越えたる智慧2◇


薄々知っていた
自分の姿の 発見を
深めれば深める程

気づきという
道標を辿れば辿るほど 
全ての間題は 自然に蒸発する。


あなたが
真の あなたを救い出すと同時に
その対象と成る者までが
自然に救われている事実に 視点を合わせる。

その対象と成る者とは 
あなたと関わる全ての人達の事だ。

この視点が 
ずれだして
相手を救う事に焦点を定めたり

自身の
成長に 
焦点を定め出す事が
偏りを 産み出し

欲が発生し
二次的結果となる意味のない
苦しさまで 産み出してしまうが

これらは
視点の問題であり
本当の問題が
そこに 現存している訳では 無い。

沢山の思考に
目を向けているのではなく
それらの思考を超越した所に
思考の背後に全体として在る空間に
視点が定められている この状態
この視点が 現れ出した時

あなたは
本当の生と共に生きる
本来の生と共に歩む
本来の あなたの生の上に 乗っかっている。

それは
最初から ずっと有った物だ

ただ
あなたの視点が
どこか 他の所ばかり見ていた。

この
途方もない
贈りものである
この生と 共に生き抜いてごらん。

これこそ
あなたのものだ
あなただけのものだ。

世に有る 
本当に
あなた1人きりのものだ。

他の誰にも仕えず
他の誰にも 触る事さえ不可能なもの。

他の誰もが
壊す事の出来ない物
誰にも 壊せない幸福感

あなたの
今までの幸福は
誰かの手によって 状況によって
必ず壊されてしまう物でしかなかった

愛さえそうだ
親子さえ 夫婦さえ 
兄弟でさえ 必ず 自分の意志だけでは
守り切れる物ではなかった・・・。

それが
あなたの幸福感だった。



だが 違う
そんなものは全部
デッチ上げのものばかりだ。

本当の
あなたの幸福感は
誰も 壊せるものではない。

今や
あなたは まさに
それを手にしている。



いや
ずっと手の中に有った。
それを 今始めて目にした。

それこそ
幸福感だ
永遠に続く あなただけのものだ。

そして
今 まさに あなたは
あなた 本来の 生の上に在る。

この生の
上を歩けば 歩くほど
あなたの幸福感は成長し 大きく 豊かになる。

そして
あなたは 
その幸福感のみに
やさしく 包み込まれ

あなたが
この世に 
産まれ出る以前の 

あの
安堵感の中に
帰りついている・・・。

そここそ
終点だ
あなたは 生の 大きな海に 帰り着いた。

あなたは
出発点から旅をして
今 終点である 同じ場所に
大きく ひと回りをして 帰り着いた。


ここが
「母なる源」
まさに 私が時々
「母源」という言葉で表現をしていた

あなたの
産まれ出た「源泉」だ
もう あなたは消えている

完全に
リフレッシュされ
浄化された ただのエネルギーだ。

余分なものは
何ひとつ付いていない

すべてが
落とされ 洗らわれ
ただの純粋なエネルギーとしてある。

何ひとつ
やる事もなければ
やらなければいけないと
言う事も ひとつもない。

それは
あなたの
生の中に有った 
ひとつの目的 ひとつの内なる
大いなる叫びが 果されてしまったからだ・・・。





この
生の中に秘そむ
無意識なる目的が 果されない場合 

人は 
あらゆる事に対して
欲望し あらゆる事をやるが

何ひとつ
真の満足感を
与えてくれるものはない

ところが
あなたは
その生に秘められた目的が
なんであるかを理解し それを達成した

世に有る
たった ひとつの
可能な道を 達成させてしまった



















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO32★


◇全ての知恵を越えたる智慧3◇

もう
あらゆる欲望は落ち
何ひとつ やる事など
あなたには 有りはしない。

あなたは
ただの 純粋な空間
それと共に この空間を世に持ち帰り

皆と
味わう事
何ひとつ
やる事などなくなったあなたにこそ
本当に全てが可能だ


だが
何ひとつ やる事など
無くなっていない人間には

全てが
不可能だ
それは 必らず壊れる。

全ての欲望を 
越えた あなたこそ

何も
やる事が無くなり
全てが終ってしまった
あなたにこそ 全てが可能だ。

大いなる
海に 帰り着いた あなたにこそ 
生の本流に 溶け去ってしまった あなたにこそ
すべてが可能だ。

なぜなら
生(真理)は
まだ この本流に
帰り着いていない

欲望に 
埋もれ切っている人間には

欲望が 
落ちているものの
僅かにでも その欲望が
残っている者には

全てを
可能にする事の力は
開けない様に ちゃんとしてある。

だって
考えてごらん
そんな 人間が
もしも その途方もない
力を持った時の事を・・・あんまりだよ

この道の 
鍵はそこだ
嘘や上辺のポーズ
などでは 通してくれない
本物以外は 通行禁止に成っている



そして 
もっと判りやすく言うなら
ただ まともに戻りかけているだけなのに

それが 
さも大きな事の様に
受けとめている事が 落し穴であり

それ以上
先へ進む事を
自らの手で 止めてしまう事になる。



今日までは
あまりにも 当り前では 無さすぎた。

この道は
あまりにも 当り前な道であり
この道を進まない方が どうかしているのに
多くの人は進まない・・・。

そこで
その多くの人が
進んでいないという現実に
甘えてしまう・・・。

私が
「人間は それ以上悪くなど 成りようの無い
最低次元で生きている」
と言うのはそこだ。

そこと
比較すると
この道は 大層な道に見える。

確かに
そこから見れば
あまりにも大変で 大層な道だ。

だが 真実は違う


それは
その一番の低いそこに
自分を置いて捉えた場合だけの
話しであって・・・。

その 
どこの段階などにも
自分を置かずに

全体を
ただ ありのままに 
捉えた場合
それはあまりにも 当り前な道だ......。

そして
私の 全ての話しは
私の 味わった極地まで

あなたを
誘う為に
その極地に至る段階を
その極地を指し示す ただの言葉の
集りにすぎない。

どうか
その言葉の集りを
頭に入れて持ち歩いたり

その
言葉の集りを
あなたの支えにしたり しないでほしい。

私はあなたに
その単なる言葉の集りが
指し示した地点が 実際に 在る事

その地点を
あなたが味わい
その地点の中に 溶け去り

そのものに 
至って貰いたい為の
ただの話しに すぎない事を

くれぐれも
あなたに伝えて
私の話しを終りたい・・・。


最後に 
何度も あなたの
胸の中に沸き起こる
批難めいた言葉と戦いながら

その
言葉達に負けずに
最後まで読み切ってくれた あなたに
感謝と祝福を贈りたい。本当に ありがとう・・・。






いつか必ず
あなたが此処に
到着する日を 願いながら 

私は此処で
宇宙の澄み切った
エネルギー達と共に
あなたを 待ち続けているから・・・。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO33★


◇開花◇

あなたの中に湧き上がる不安から逃げ出さずに
あなたの中の不安のままで 物事に向き合い

あなたの中の不安のままで その物事に触り
あなたの中の不安のままで あなたが物事に取り組めたとしたら。


本当は普段から その場所で生きて
日常生活を あなたの中の不安のままで過ごす事が出来たなら

特に物事をやる時には どこでやるの?
なんて心配や悩みは産まれようが無いのです。



此処で伝えている事は 
まず あなたが在った上で
その下に これまでに気づけた事が有るのではなく。

まず これまで気づけた事や空が有り 
その下に あなたが居るのです。
あなたが使うのでは無く、あなたが使われるです^^


不安なままと言うのは無私の状態です。
自分などと呼べるものなど全く居ない状態です。

その時に何かが 
あなたの中に降り立てるのです。
やるのは その何かの方です。

あなたは 
その通りに動いてあげるだけです。
空に使われて上げるだけです。

そうして出来たものを
あなたは自分がやったなどと
傲慢に成れますか?

そして そのやり方を後生大事に
取って置こうなどとすると思いますか?



ここまで気づけた人は
そんな馬鹿げた事は やりません。

あなたが そんな物を取って置かなくても
その度に あなたが無私の状態に在れば

その途方も無いものが
あなたの中に降り立つ事が出来て

今、目の前に有る物事に
1番相応しいやり方を引き出してくれます。



あなたがやる事は
たったの一つだけなのです。

それは"無私"だけです。


自分に
何処までも正直になり

奥深い所にある
「自分は本当は1人では何ひとつ
として出来ない・・・」という

不安な感覚のままで
居られる様にすること。

たったのこれだけ 
そして降り注いでいるものが
あなたの中にまで入り込んでくるのを許すだけです。



あなたの人生の中で 
普段の日常生活の中で
これを試し実験するのです。

そしたら私の言っている事が
嘘か本当か解かりますし
あなたは産まれて初めて全くのオリジナルで
生きられる可能性が有ります。

その可能性が有るとしたら
この歩き方の他には 
多分、存在しないでしょう。

自分の中に
無私の状態を起こして 
そこに降り立つもので生きたら

誰でも
同じものに
成ってしまうんじゃ無いのと?
頭は考えます。
けれど それは違います。

なぜなら 無私になり 
あなたの中に降り立つもので
あなたが歩く時

本来 
あなたが貰い受けていた 
あらゆるものが 
そこで初めて活動しだすからです。

それ以前には
あなたが貰い受けたものの一切は
眠らされたままなのです・・・。



あなたの貰い受けていた色・・・それは これまで
あなたが身に付けてきた色とは全く別の色です。

あなたの 本来貰い受けている呼吸の深さ、あるいは
あなたの中の生きるリズム、あなたから出る波動、
あなたが持つ あなたから醸し出される香り、
そして あなたから放たれる輝きと言った様に
全てが動き出してくれるのです。



その時に 
あなたは初めて
本当のオリジナルで歩み始めるのです。

その時に
あなたは 初めて開花するのです。
何万枚と云う花弁が一瞬ごとに開き続けるのです。
それは永遠に続く あなた独自の開花です・・・。






















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO34★


◇呼吸瞑想◇

呼吸瞑想は 
あなたの内面を浄化するのに役立ちますし
ダイレクトに空を味わう事が出来ます。

けれど呼吸瞑想をしている時だけだと言うのが難点ですけれど・・・。
その為に 最終的には 少し遠回りですけれど 自分の内面を
見つめる事を通して空に達する必要が有るのです。

最初の内は この呼吸瞑想は 
大いに あなたの助けになる筈ですから
ぜひ学んでおいて下さい。
役目が終わったら いつまでも持ち続けないで
乗り捨てて行けば良いのですから^^



普段の生活の中で 
たまにで良いですから
試して貰いたい事が有ります。

それは あなたが
例えば窓の外の遠くの景色を
見るともなく見ている時 焦点を合わせずに
ただ何となく見ている時って有りますよね?
遠くの景色を見ているようで見ていない感じ
解りますか?

あの感覚の見方で あなたの心の中に次から次へと
やってくる思考や感情を ただボンヤリとしながら
見つめる事をして欲しいのです。

私達のひとつ、ひとつの考えや感情は ちょうど
空に浮かぶ雲のようなものなのです。
放っておくと流れて消えて行ってしまう 他愛の無い
物に過ぎません・・・。

私達は そうは思っていませんけれど、
事実は そうなのです。

ですから ただボンヤリと眺めるだけにして
それに焦点を合わせたりせずにいれば
どんな考えや感情にも あなたを取り乱させる事など
出来ないのです。

ただ静かに人ごとのように眺める事をするのです。
すると その考えや感情は空に浮かぶ雲のように
流れて消えて行ってしまいます。

あなたが このコツをものに出来たら
あなたは それだけで驚きます。
何故なら あなたが 何かに振り回される事は
もう二度と無くなるからです。

もしも あなたが それらの考えや感情に焦点を
合わせてしまえば あなたは取り乱されます。
あなたは自らの手で自分自身を地獄に突き落として
しまうようなものなのです。

他愛の無い考えや感情に力を持たせないこと
それは あなたが見入る事をしてしまうと
力を与えてしまうのですから・・・。

そして どんな考えや どんな感情にも焦点を
合わせてしまわないだけでなく それらの考えや
感情で動かない事 行動しない事・・・。


そしたら どうするんだよ〜?
と言う 沢山の声が聞こえて来そうです。

簡単です。
窓の外の 遠くの景色を見ることなしに
見てみて下さい。 ボンヤリとですよ。

空に浮かぶ雲を見ることなしに
ボンヤリと見ていて下さい。

焦点を合わせなければ雲は流れて行きます。
焦点を合わせることが雲を自分の手で
止めてしまうことをしているのです。

だから その雲のひとつで行動したら
あなたは その考えや その感情やらで
一杯になってしまい それらに支配されてしまうのです。
その時には 正気の あなたなんて居なくなります・・・。


再び空を見て下さい。
あなたの中を見て下さい。
流れる雲に焦点を合わせないのがコツです。

ただボンヤリ雲と背景の空を眺めていると
すると だんだんと雲の速度が落ちて来ます。
次から次に沢山の考えや感情やらが押し寄せて来ていたのが
ゆっくりになって来ます。

雲の速度が落ちて来ると
考えや感情の速度が落ちて来ると
雲と雲の間の切れ間が大きくなってきます。
さっきの考えが去り 次の考えや感情が来るまでの
少しの間 何も来ていない場所が生まれ出て来ます。


その合間が やがて更に広がり
あなたの中に 青空だけが大きく広がり
雲など たまにしか やって来なくなる処まで行けます。

そこが あなたの本来 動く場所なのです。
そこが あなたの本来 生きる場所で在り 空間なのです・・・。



続いて あなたの中に存在する
静寂に包まれた空間の見い出し方を
お話したいと思います・・・。

あの青空を いつも見られる
ひとつのテクニックを披露したいと思います。
簡単です。誰にでも出来ます。
時間が有る時には どこでもやって下さい。
やればやるほど あなたの中は浄化されて行くはずです。

それをすると あなたの中が静かになるばかりか
身体の疲れさえも癒してくれる筈です。
酷く疲れている時などには とても お勧めです。

まず 身体の力を抜きます。
リラックスをして下さい。
そして目は開けていても閉じていても
どちらでも楽な方にして下さい。

静かに ゆっくりと口から息を吐き出します フゥーッと
その息を出来るだけ長く もうこれ以上吐けない処まで
目一杯に吐き出したら 吐くのをやめて力を抜くだけで
空気が入って来ます。 吸う事は意識しなくても
目一杯吐き出し切ると 吸い込もうなどとしなくても
自然に空気を吸い込んでしまいますよね。
これを ゆっくりと10回ほど繰り返して下さい。

今度は 同じく ゆっくりと息を吐き出しながら
吐き出す息を意識で見つめます。
吐き出し切ったら 新たに入って来る
息を意識で見つめます。

こうして意識を呼吸に置いまま
意識は呼吸を見つめたままで 
ゆっくりとした呼吸を繰り返します。

意識は呼吸を見つめ続けたまま
出来れば入って来る息をお腹の中まで
意識で追えたら、見つめ続けられたら
尚更良いです^^

ときおり 意識は呼吸から離れて
他の事を見つめてしまいます。
そうしたとしても それに気が付いた段階で
再び意識を呼吸を見つめる事に戻します。

その際に批難なんかしないで下さいね。
「何か眉毛が痒くなって来たぞ」という考えだとか
「そう言えば あいつ本当に頭にくるよな〜」といった感情に
意識が行ってしまったとしても 気が付いた段階で
再び呼吸に意識を戻すだけで良いのです。

呼吸を見つめる事に意識を置いておく事で 
流れて来た雲である 思考や感情を
追わなく成れるのです。
流れさせて上げられるように成ります。
そればかりか 思考や感情の去った後の
あの青空を感じる事が出来ます・・・。
凄いでしょう?。

実際にやったら この凄さが解ります。
いつでも開いた時間が有ったらやってみて下さい。

休憩時間に5分でも10分でもやるだけで身体の疲れが
簡単に取れてしまいます。

不思議でしょう? 
でも実は不思議でも何でも無いのです。
当たり前なのです。

何故なら大気中に充満している空(クウ)の
エネルギーは私達の中に 常時 
降り注いでいるのですが

私達の内面が思考や感情やらで
一杯になっている時には
100の内の10パーセント位しか取り込めていません。

それが この呼吸を見つめ続ける事を
しているだけで 普段から あなたの内面を
一杯にしている思考や感情やらを消し去ってくれます。
それらが去った後の状態に比較的に簡単になれてしまいます。

すると あなたの周りに存在するエネルギーが
何にも阻まれずに100パーセント入って来るように成れるのです。
だから簡単に身体の疲れが取れてしまうという訳なのでした。


これを呼吸瞑想と言います。
やればやるほど あなたの内面は
静寂さに包まれるようになります。
そして身体に静かな力が みなぎって来ます。

この呼吸瞑想は 
やれば解るのですが
ある所までは睡眠と同じ様な方向に向かいます
睡眠と とても良く似ています けれど睡眠との違いは
途中で二つの方向に別れます。

片方の睡眠の場合は身体も意識も眠る方向へと向かい
もう片方の呼吸瞑想は身体は眠るのですが意識は
クリアーに冴え渡っています。
周りの物音は全てクリアーに聞こえています。

通勤電車の中で吊り革につかまりながら出来ますし
睡眠を取る前に寝転がったままでも出来ます。
いつでも どこでも 何度でも時間が有れば
試して 自分のものにして下さい。



そして 呼吸瞑想は
どんなスタイルでも構わないのですが
一応自分の部屋などで する場合の
正式なポーズを お伝えしておきます。

胡坐をかいて座り 口は軽く閉じ 
目は半眼位(半眼と言うのは斜め
45度の下を向いた感じです)が良いでしょう。
目は別段閉じていても構いません。
どちらか自分に合う方を選択して下さい。

手は両膝の上に
そのままのせて下さい・・・・その感じを憶えていて下さい
今度は そのままのスタイルで 手の平だけを ひっくり返して
手の平を上に向けて下さい、手の甲の方が膝の上に乗っている・・・この感じと
手の平をそのまま膝の上に置いているのと感じが同じですか?

手の平を そのまま膝の上に乗せている場合は
まだ自分を守れている感じがしませんか・・・?
そうです この感覚は まだ守りを解けていないのです。

逆に手の平を上に向けて膝の上に乗せて置くと
何かしら心細いと言うか不安な感じがします。
自分の内面に有る防御が解き放たれるスタイルなのです。

呼吸瞑想を通して自らを周りの空間に
解き放つと言うか 明け渡すと言う感覚です。
周りの空間に全面的に あなたの中に入り込んで来て
もらうといった感覚なのです。

防御無しでの呼吸瞑想が出来た時には
その深さに圧倒されてしまいます。

あなたが 呼吸瞑想をする度に 
とても深い満たされた感覚が
もたらされるようになるでしょう・・・。

呼吸を意識で見ている事は変わりません
お腹の中まで空気が入り込む処まで追えたら追って下さい。
出来なければ 出来ないで構いません。
その内に出来る様に成れますから。

別に睡眠の前に寝たままの格好でするのも
どんなスタイルでするのも有りなんですからね^^


深く呼吸瞑想に入れると
呼吸の出入りを見つめ続けながら
部屋全体になっている感覚にまで包まれますので
どうぞお試しあれ・・・。




単なる呼吸法とか 
瞑想法とは少し違います
余り呼吸には捉われないで下さいね 
勿論呼吸自体も大事ですが 
もっと大事なのは呼吸を見ている事の方なのです。
呼吸を見ている事の方がより重要なのです。

何をして欲しいのかというと
呼吸の出入りを今の あなたの意識が
見つめていく事をし続けていくと やがて 
あなたというエゴが活動出来なくなります。

なぜなら呼吸は現在に次々と行われています
その呼吸を通して現在の 真っ只中に入り込むと
あなたは蒸発してしまいます。

あなたは これまでも
私が何度となく話して来た通り 過去と
過去からの材質で作り出した思い込みの中の未来
過去も思い込みで出来ていますから 
あなた自体は思い込みの中にしか存在出来ていないのです。
現在の中には あなたは居ないと言うのが
理屈ではない本当の事実なのです。

だから呼吸を見つめる事をし続けて行くと
現在の中に居られるようになり つい今しがた
までの有りもしない自分に付いていた疲れまでも
その自分ごと綺麗に洗い流されてしまうのです。

この現在の中に居られると言うのは
あなたが居られるのでは有りません
正確に言うと あなたは消えてしまいます。

なぜなら あなたは現在には居られないのです
居られない材質で出来ています。
あなたが居られるのは過去や未来という 
あなたが作り出した思い込みの中になら居られます。

思い込みと言うのは 想像です。
想像の中には居られます。
でも想像は現実では有りません。

呼吸瞑想は呼吸を見つめ続ける事によって
あなたを現実に連れて行こうとします。

本当に呼吸を見つめ続けっ放しになれたら
あなたは消えてしまい そこに現在だけが有ると言う
感じになってしまいます。
その時 あなたは宇宙です。

今迄の あなたが居なくなれば その部屋全体が
自分のように感じられるのは別に不思議な事では
有りません1時間もやって御覧なさい
宇宙とひとつに繋がっている感覚すら憶えますから
その時には法悦という感覚が訪れます。

そして 
その状態が自由自在に味わえ ずっと続くのです。





















★あなたの愛が 永遠の愛と成る為に NO35★


この講座は何度でも学び直しが出来ます。
何度読んでも 最初には気づけなかった事に気づけたりと
その度に違う気づきが得られる様に この講座は出来ています。


そして自分の内面を
磨いて行く事には限界はありませんし
どこまでも磨き抜いて行く事が出来ます。

ただし
あなたが自分は解ったと慢心した時には
限界は突然の様に現われてきます。

それは 
あなたの産み出してしまった限界です。

暫くの間
あなたは生意気で
鼻持ちなら無い傲慢な人間か

あるいは
一見すると謙虚そうにみえる
大人びた内的傲慢さを秘めた人間になってしまい
そんな あなたで人生を歩んで行きますが
やがて そんな傲慢な あなたの前に
必ず壁が現われてしまい あなたは1歩も歩めず
身動きさえ取れなくなってしまいます。

そして あなたは重く暗い内面のまま苦しみ続けます。
折角灯った明りも消え あなたは暗闇の中を
何年もの間 歩き続けなければなりません。


それでも尚 あなたが
あなたを投げ出さず あなたを見捨てなければ
やがて苦しみはピークと成り それと共に
何ひとつとして解ってはいなかった自分の姿が見えてきて
あなたは とても楽に成れます。

すると今度は
どんなに解った事が有っても 
あなたは解った気になど成れなくなります。

外から見ると
以前と同じ様な あなたに見えていながら
実は 中身は一段成長した あなたでいるから
再び同じ間違いを繰り返さないのです・・・。


何度 あなたが解ったと思えても
日常の中を それで生きる事が出来ない限りは
解ったとは言えないのです。

あなたの頭の中で何が解ったとしても
その頭の中の物が あなたの人生を助けてくれる事は
まず有り得ないのです。

日常を軽々と歩ける様になれるところまで
あきらめずに 投げ出さずに 
自分の内面を育ててあげて下さい。
そして自己の内面性という この土台が出来たら
そこに あなたの好きな どんな家でも建てたら良いのです。
その家は どんな風雨にも耐えられますし
どんな地震でもビクともしません・・・。


あなたの手で
あなたを解き明かし 
あなたから あなた自身を解き放つ事が出来ると
すると 突然 そこには広々とした空間が広がります
その空間自体が 本物の あなたです。

自由とは 
あなた自身からの自由を言います。

あなたが
馴れ親しんで来ていた 
今迄の あなた自身が

本物の あなたと
出合わせない為の
仕掛けとなっていたのです。

閉じ込められていた牢獄・・・

けれども
それほど居心地が
悪かった訳でもないので ほとんどの人は
本物の自分を探そうとか出会おうなどとは思いもしません。


人生の中で何度となく絶望し
この世界は矛盾に満ちた
世界だと見抜いた人達だけが
本物の自分と出会おうと切望します。

ところが悲しい事に 
そこでも多くの人達が脱落してしまい死を
選ぶ方向へと歩いてしまいます。

もう 自分には
死という道を選ぶ以外に 
道は無いと思い込んで仕舞う為です。
かっての矛盾に満ちた世界へ戻るくらいならば 
まだ死の方が良いと思ってしまうからです。

その過程を幸運にも 
くぐり抜けて来た者達だけが
初めて 本物の自己探しにトライします。

この人達は 
自分の全てを賭けて
本物の自己探しをします
ですから 途中で挫折したりはしないのです。

たとえ 
どんなに困難でも 
既に彼等には その道以外には
可能性が無いことを見破ってしまっていますから
挫折を知りません。

やがて彼らは
探していた本物の自己に
出会うことが出来るのです・・・。






メール講座は これで終了です。

実は 私は 最初から最後まで たったひとつの事を 
あらゆる角度から 話していただけなのです。

そして 最後で話した この領域を 
あなたが実際に味わい そこで生きることが出来る様になるまで 
あなたの手助けをすることが 私の本当の目的です。
それが出来る人は まだ何人も居ない筈です。


この講座上で やれる事は
全て 遣り尽した感があります。

あなたが これからの実生活の中で 
この講座を活かしていくことを期待しています。

もしも あなたが
壁に突き当たっても心配しないで下さい。
メール講座は 追体験の講座です。
追体験というのは読んだとおり 追って体験することです。
実際の体験者の体験には遥かに及びません。

あなたの 目の前の壁が どうしても打ち破れない時や
あるいは あなたが 更に本格的に学びたくなった時には
その時には 私達が あなたを全力でバックアップしますので
人間物語の 実際の講座に ぜひ挑戦して 
多くの物を手にして下さい。


実際の講座には 直接私のところまで来て受講するスタイルと
ネット上でスカイプを起動させてリアルタイムで行う
オンライン講座が有ります。
オンライン講座は全国のどこからでも受講が可能になっています。
自宅で受講するスタイルの気軽な講座です。

どちらも1つの講座に3日間が掛かります。
実感で解るまで お付き合いし伝えて行く実践講座の為に
どうしても3日間が必要となります。 
皆さん 実践講座での 気づきの深さと重要さを
改めて再認識するようです。

実際の講座は 今の あなたが感じている
何倍もの物を 必ず手にする事が出来ます。
もしも このメール講座と 同程度のものしか得られない場合は
講座料金は 全額 お返し致します。
 

実際の講座の案内は こちらのHPに詳しく書かれています。
web人間物語 http://www.人間物語.com

自分の心の育て方・実践講座
http://ningen-monogatari.com/sub00.html




この メール講座に対する
御意見や感想 そして質問などが有れば
いつでもメールを下さい。







----------------------------------------------------------------------------------------
この講座は あらゆる宗教や 団体とは 一切無関係です 
人間物語の 全ての講座は 独自の理論とプログラムから形成されています
web人間物語 http://www.人間物語.com

この メール講座は
とね しゅんじ の 人間物語が 発行しています
-----------------------------------------------------------------------------------------


最初のページに戻る