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   人間物語 の メール講座    NO1
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偶然にしても、必然にしても
この メール講座を 受講して下さる事になった 
あなたに感謝します。

そして今日まで一生懸命生きてきたあなたにも、
あるいは、 逃げてばかり生きてきてしまったあなたにも
もう生きることが嫌になってしまったあなたにも

自分では解決出来そうに無い問題を
抱えてしまって困っている あなたにも
まあまあ旨く言っているし 
別に今は問題無いよという あなたにも
私達は言いたいのです

今日までの あなたの人生 
本当に 本当に お疲れ様でした。
本当に 本当に 御苦労様でした。
良く頑張って来ましたね・・・でも もう良いですよ。

どうか肩の力を抜いて下さい。
もう大丈夫ですから・・・・。


あなたが たとえ 
どんな生き方をして来たとしても 
そんな事は何の問題でもないのです。



それよりも今日まで 
あなたが生きてくれている事の方が
本当は凄いことなのです。

なぜなら私達は 誰一人として正式には
「生きるとは どういう事なのか」を誰からも教わってはいないのですから。

宗教臭かったり説教臭かったりせずに
あくまでも科学的に
「生きるとは、どういう事なのか」という事を教わった経験が
私達には無いのですから
間違いを起こしたって当たり前です。

けれども広い世の中には
あなたがその気になって探す決心をすれば、
たとえ どんな事でも学べる所が
必ず在るものなのだという事実も忘れないでください。

この講座は 多くの皆さんが知らずにいる
自分の心の育て方を解りやすく解説し実践する講座です

この講座を お伝えすることにより
現在の様な厳しい社会環境の中でさえも
心病むことなく健康的に口笛を吹きながら 軽々と人生を歩ける 
新たな道があることを 1人でも多くの方々に知って頂きたくて 
私達は このメール講座の発行に踏み切りました。












皆さん 始めまして 
人間物語の とね しゅんじ です 
どうぞよろしくお願いします

今日から 人間物語の メール講座を
始めて行きたいと思います。

この講座は 私達人間物語の講座を始める時に 
どなたであれ最初に体験して頂く講座にあたる
1段階目の講座で ファーストステップと呼ばれているものです

普段行われている私達の講座は
ファーストステップ ・ セカンドステップ ・ サードステップ 
スーパーステップ ・ エンドレスステップ と 5段階に分かれていて
それぞれに3日間という 日数が必要になる
結構過酷な講座かも知れません

その代わり得られるものも半端では有りませけれど・・・

このメール講座でも
ファーストステップに出来る限り近いものを
皆様に お届け出来ればと思っています

この講座を始めていくと 
途中 あなたの聞いた様な話が出てくることが有るかも知れません。
例え そうで有ったとしても そこで早まった判断をして
こんなものかと思い 講座を終えてしまうことの無い様に
私達は願うばかりです








なぜなら この講座が終わるまでには 
今までに あなたが体験したことの無いような深い気づきと
真のあなたの軽い目覚めを 必ず体験して頂けると思うからです。
そして この講座は あなたが今迄に受けた どの講座とも
まったく違うはずです。

ですから どうか 途中で痺れを切らして諦めたりせずに
最後まで本気で この講座に取り組み続ける事を 
ぜひ誓って下さい
あなたの気持ちの中で どうか最後まで諦めずに投げ出さずに
自分を見つめ続けることの誓いを立てて下さい。
別に誰も見ていませんから たとえ誓いを破ったところで
あなたを非難する人なんていません。
安心して軽い気持ちで自分に誓って下さい。
折角だから何かを得ることが出来るまで続けてみるかと
そんな軽い誓いで充分ですから

本当のところ 人間物語の講座は無色透明です
何の色も付いてはいません
この講座に意味を持たせることが出来るのは あなたの姿勢なのです
あなたの自分を何とかしたいという思いが 
ここから始まる船出の一歩に成りますし あなたの乗り込む一人用の
船のエンジンに成ります そして船長はあなたです

私は ただの水先案内人とでも言いましょうか
船が暗礁に乗り上げないように正確な案内をする灯台のような
ものでしかありません。









別の言い方をすると
あなたが 壁に向かってキャッチボールをする様なものです
あなたの投げ方が強ければ強いボールが跳ね返って来ます
反対に弱い力で投げたボールで有れば
ボールの跳ね返り方は弱いものでしか有りません。
あなたの投げ掛けたものと同じだけのものが あなたに返ってくるのです

講座が終わるときに あなたが大きなものを得たければ
大きな解かり方をしたければ それは私にお願いすることでは有りません 
あなたは この講座に真剣に向かい取り組み
沢山の疑問を投げ掛ければ良いのです
たったのそれだけで あなたは驚くほどのものを手にすることが出来るのです

そして もうひとつ これは大事なことですからハッキリと言っておきます
私は あなたが現在抱えている 問題や悩みには一切 手を付けません。
その代わりに それらの問題を解決できる能力を持った  
あなたに育て上げることが出来ます 僅か数日間で です。
私は あなたの抱える問題には手を貸さず 
それらの問題を解決できる 新たな あなた自身を発見させるのです。
 
あなたが現在 抱えている悩みや問題を人に解決して貰う事と
その悩みや問題を解決出来る能力を身に付け 今後自分の悩みや問題を
自分の力で解決出来る能力を持ってしまう事と 
どちらが良いですか?
一体 どちらが得でしょう?




以前に こんな話しを聞いたことが有ります
昔 あるところで空腹に倒れていた男のところに一人の旅人が通り掛りました
その旅人は近くの池から魚を釣って その空腹で倒れていた男に与えました
魚を食べた その男は すっかり元気を取り戻し 旅人に感謝をし
大層御礼を言って別れたそうです
しかし その男は再び空腹で倒れ 通る旅人も居なかった為に 今度ばかりは
死んでしまいました。



それから数日後 同じ場所に別の空腹で倒れていた男がいました
そこに初老の旅人が通り掛りました。
その初老の旅人は空腹の男に魚を与えるのでは無く
魚の釣り方を教え去って行きました
空腹の男は 早速 魚を釣り上げ 
自らの空腹を 自らの手で満たし
それ以降 その男は飢えに苦しむことはなく生涯安泰に暮らしたそうです
そればかりでなく その男は周りの男達に釣りの仕方を教えて
その村から飢えで死ぬ者が二度と現れなかったという お話しでした。

もしも私が あなたの悩みや問題を解決してしまったら 
あなたは次も私に相談に来て悩みや問題を解決して貰います
だんだん あなたは私を凄い人だと思うように成り
私に尊敬の念を持って見つめだします
そして あなたは私に頭が上がらなくなりますし
私の言うことは何でも本当だと思う様に成り 私の言いなりになります
こうして宗教や神様は創り出されて行くのです
とても怖いことですね  こんな罠には引っかからないことです。

私は そんな事には興味は有りません
一人でも多くの人に 楽に歩ける生き方が在ると云う事を
伝えることの方にこそ興味が有ります。

あなたが歩ける様になったら 
それで お仕舞いですし お別れです。
私のことなど思い出してさえくれなくていいのです。

第一考えてみて下さい
そうやって沢山の人に頼られる日々を
切りが有りませんし 終わりが無いのです あんまりです。
それに 人が本当の意味で自立出来れば そんな必要は まったく無いのです。 




人の悩みや問題を解決したり人に頼らせたりすることは
決して良い事では有りません。
時間は掛かっても その人自身の中に眠る 自分で問題を解決出来る能力を
呼び覚まして上げることなのです。
ましてや それらに対する恩を使っての人の心のコントロールなど
決して 有っては成らない話しです。

第一 解かった人は誰とも群れないし 独りで歩きます。
群れたり 徒党を組んだりする必要が まったく無いのです。
口笛を吹きながら 楽々と独りで生きているはずです。

この講座の中で私は あなたに あなたを見つめ育てる事に
必要な事と それらの やり方を説明していきます
なぜ こんな事が必要なのだと思われることも有るかも知れません
けれども とりあえず持てる力を出して精一杯やってみてくだされば
その後に必ず 何故 そんなことが必要で有ったのかも明かされて行きます
騙されたと思って どうか最後まで投げ出さずに
この講座を続けて下さる事を 願っています。





現在 実際に悩みや問題を抱えている方への
簡単なヒントを書いておきます

私達が なにかしら 悩みや問題を抱えた時に まず必要になるものは
その悩みや問題を解決する 答えだと考えがちですが そうでは有りません
何故なら 例え 頭の中で 考えに考え抜いた 答えに辿り着けたとしても 
決してモヤモヤは晴れないからです 
それだけでは あなたの悩みや問題は決して解決されないからです






本当は 答え以前に あなたが必要としているものが有るのです
それは頭の中で考える必要としているものではなく
もっと感覚的で 余りに当たり前すぎて気づかずにいるものなのですが
私達の多くは悩みや問題を解決するための答えを求めようとするがあまり
どうやら気づいていないようです

悩みや問題を抱えたときに本来のあなたが本当に必要としているもの
それは 何を置いてでも あなたと真剣に向き合ってくれる
相手の気持ちや姿勢なのです
あなたの身になり あなたと共に悩み抜いてくれる 
相手の気持ちや姿です

そして そんな人の出現を知らず知らずの内に あなたは求めています

あなたが その様な相手の姿勢を見たときに 
あなたの中に あなたの悩みや問題を見つめようとする勇気や力が湧いて来ます
それが あなたの抱える悩みや問題を解決する上での大きな助けになるのです

そして あなたの最も身近にいて 
あなたを気に掛け あなたを本当に心配している人達の存在に気づくことです
ひょっとしたら 実際に悩みを抱えている あなた以上に 
もっと辛い思いをしているかも知れません
その人達は あなたが気づいてあげなければ 
そんな事は顔にも口にも 決して出さない筈ですから



知っていますか?
私達が悩みや問題を抱えてしまうのは 
悩みや問題自体から あなたが目を そむけてしまっている時に
悩みは悩みと成り 問題は問題に成ってしまっているという事実を





悩みや問題を解決して今迄の 何も悩みや問題の無かった自分に
戻ろうとするのでは無く
悩みや問題の解決を図ろうとはせずに
まずは 悩みや問題を抱えたままでいる現在の自分自身を
ソックリそのまま受け容れてしまうのです。
その時にこそ 悩みは悩みで無くなり
問題は問題で無くなってしまうのです。

昔や過去に戻ろうとすることでなく・・・それは不可能な事なのですから。
どんな時にも 新たな自分を目指すという事を 
新たな自分を産み落とすと云う事を 忘れないで下さい。
すると どうしても越えることの出来なかった壁を 
難なく越えることが出来てしまうはずです。

そして これこそが まったく新しい解決の道なのです。

講座は大変かも知れません でも自分の事が解かり 
自分を育てる事は きっと楽しい筈です

そして多分 あなたの一生を助ける
あなたの奥の奥から湧き出るハートの力を手にする事が出来る筈です

この人間物語が
本物か偽者かを あなたの目で確かめて下さい


















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  人間物語 の メール講座    NO2
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今日の メール講座は 
どちらかと言うと業務連絡の様なものです
明日からの本格的な講座に突入する前に
出来れば準備をして頂きたいものが有ります。

仕事が忙しかったり 
時間が無かったりして どうしても無理な方は
仕方が有りませんし 無理をしなくても結構です。
それが無くても気づいて行けるように私の方で頑張ります(汗)

けれど 
もしも可能で有るのならば 
準備をしてくれた方が
あなたが 気づける領域が 
より広くて深いものに成ります

準備をして欲しいものは 

まず あなたと日常の中で関わる人の中から
10人の方達を選び出します。
父親 母親は 必ず入れて下さい。

両親が健在ならば 勿論ですが、 
親が亡くなっている方や離婚されている方でも
当時の自分の年齢が5歳以上か 或いは それ以下でも
記憶にあり憶えているという方は入れて下さい。






両親と今は別に暮らしている方でも 
あなたが御両親から受けている影響は
とても大きいものが有りますから必ず 入れて下さい。
そして兄弟がいれば兄弟も入れてください。

結婚をされている方は 夫 
或いは 妻を必ず入れて下さい
離婚をされている方は 
前妻 ・ 前夫と言う様に入れて下さい
学生ならば 教師 ・ 友人 ・ 彼女 ・ 彼も 
必ず入れて下さい

後は仕事をしている方なら
職場の上司 ・ 同僚 ・ 部下がいる方は 部下と
それぞれ 何人ずつでも構いません。

そうして10人の方達を選び出したら 
メモ帳かワードを開いて(何でも構いません)
1人1人に対して 
あなたの感受性を使って 
あなたが 日頃見てきている その人達の性格の  
良い所には一切 目を向けず
それらを外した 普段は余り見ようとしていない 
その人達の嫌な所のみを見つめて書いていきます。

突然 嫌な所のみを書けと言われても難しいかも知れません

何故なら私達は普段 日常の中で人を見つめるときに
その人と旨くやって行くために 
出来る限り良い所に目を向けようとしています

それは互いに嫌な思いや争いは出来るだけ避けたいからですし
それが大人の印でも有り 暗黙の了解の様なものでも有るからです。



まさか相手と争ってもいないのに 
いきなり相手の嫌なところを本音で
ズバズバと言って回ったら喧嘩に成ります。

ましてや相手を間違えると
ボコボコにされてしまいます(笑)
中には そんな方も たまに見ますけれど(笑)

そんなわけで
普段やってない事なので とても難しいかも知れません

けれど 日頃の私達の人への見方は 
知らず知らずの内に随分偏った
見方をしている事に 私達は気づいていません 
例え良い所を見つめる事をしていたとしても 
偏っている事には違いは有りませんし
さらに 今迄の 私達の人や物事の見つめ方は 
本来私達が持つ洞察力を随分と鈍らせてしまっているのです


これから行う 
普段はしていない 
新たな見方である 公平な物事の見つめ方が 
あなたの人生の先々に とても重要になってくるのです。


そして 10人の中から最初の1人を選び出します
順番は どなたからでも構いません 
けれど 両親の どちらからか始めた方が簡単な気がします。
他の人から始めたい人は 自分の好きな順番から始めて下さい。






より簡単に書ける為のヒントを出しておきます。

その人と争ったり ぶつかり合ったり 意見が対立したり
腹が立ったり ムッとしたりした時の場面を思い浮かべて
その時に見える その人の嫌な所を本音で書けば 
直ぐに簡単に書けてしまいます。

その都度 書く対象となっている人と 争った 気分の悪い思いをした時の事を
思い浮かべて書いてくだされば より簡単に書けるはずです

良い所は日頃 嫌と言うほど見てきていますから
今回は良い所は一切書かず 嫌な所のみを見つめ 嫌な所のみを書いて下さい
最低でも3行くらいは書いてくれればOKです。

長ければ長くても一向に構いません より解かることが出来るかも知れません
それに10人の中に 普段から嫌いな人を選択してあれば 当然 長く書けるはずです
早い方で30分くらい 遅くても1時間も有れば10人全員が書きあがるはずです。

書き終わったら10人の中から あえて言うなら この中では この人が一番嫌いだと
言う人に印を付けて置いて下さい

これで準備をするものは終わりです。
準備したものは 明日の講座に使うことに成ります。
明日からの講座を お楽しみに。

時間が無かったり忙しかったり・・・或いは面倒だったりして出来なかった方は
無しで進めていきますから心配しないで下さい。
ただ 解かり方が浅いものに成ってしまうかも知れませんが
そうは 成らない様に出来る限り 私 とね が頑張りますので・・・(汗)



















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  人間物語 の メール講座    NO3
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昨日は 面倒臭いことを お願いしまして すみません。
「なんだよ 読むだけで解かるんじゃねぇーのかよ?」と言った
ボヤキ声が聞こえてきそうですけれど・・・。

あなたが 真剣に解かろうとして始めて
あなたの感受性を フル動員して始めて
たくさんのことが解かる講座に成っています。


今日から本格的な講座に入って行きます。
大変ですよ・・・・でも 決して大変なばかりでは無く
楽しくも有るはずです。
なにせ 自分の姿が見えて来てしまいますから。


それでは
メール講座・ファーストステップの始まりです。

まず 最初に 
あなたへの大切な質問です 真剣に考えて答えて下さい。


"世の中で あなたのことを 1番知っている人は誰でしょう・・・?"
あなた自身も 知っている人の中の1人に 加えて下さって結構です。
誰が あなたのことを 1番 よく知っているでしょう・・・?





答えは2つに分かれます

普段の講座の中ですと 

7割位の方が自分と答えます
その理由は 自分のことなのだから
当然 自分が1番良く知っていると言う訳です。

残りの3割位の方が自分以外の身近な人の誰かと答えます
それは結婚をされていれば妻 或いは 夫で有り
独身の方は母親か或いは父親と答えています。

さあ あなたは どちらでしょう・・・・?

これは頭から出てくる理屈の応答ではなく
普段の自分の行動を振り返り 
自分の応えた答えに合った生き方をしているか どうかの
確認をしてから答えて欲しいのです

ひょっとしたら 普段の あなたは "俺のことは俺が1番良く知っているんだー"と
云わんばかりの 生き方をしているのにも拘わらず 
この場では講座用の答え方をしてしまい
「自分のことは自分以外の身近な誰かが1番良く知っていると思う」などと理屈の上での
模範解答などをしないように気を付けて下さいね。

あなた自身が本当に感じている感覚に正直に答えることをして下さい


あなたの答えはどちらですか・・・?


答えは決まりましたか・・・・?




あなたの答えが あなたの中で決まったならば 
そこで始めて講座は 歩を先に進めることが出来ます。

決まりましたか?(しつこいですね笑)


答えが決まったならば 
あなたの答えが正しいのか 
或いは 間違っているのかが自然に解かる話しをします

"あなたの事を 世の中で1番良く知っている人は誰か・・・?"
の答えが見えて来てしまう お話しです。

皆さんに まるで テレビを見ているかの様に
客観的に見える様に 私を題材に使い 
私の事で解かりやすく説明してみたいと思います。

今 あなたの前に私が居ます。
そして私の前には あなたが居ます。
あなたと 私との間には何の利害関係も無いこととします。
私が部下で あなたが上司で有るとか
あなたが部下で 私が上司で有るとか
そう云った役職上の上下関係も一切取り払って
ヒィフティー ヒィフティーの関係だとします。

そして その上で 更に私から あなたにお願いをしておきます
"今から私がすることを 見たまま そのまま伝えて下さい"

その際に 
これを言ったら彼を傷つけてしまうとか・・・
これを言ったら彼に恨まれてしまうとか・・・





これを言ったら周りの人から私が悪く見られてしまうと云った 
あなたの感情や考えや主義や主張を ひとまず 脇に除けて 
シンプルに見たままを どうか私に伝えて下さいとお願いしておきます。
そして解かりやすく 
10と云う度合いで 私が悪いことをします。
先ほどの条件付けが有りますから 
あなたは 私に10悪いことをしたよと 伝えてくれます。
例え あなた以外に 何人もの人が居たとしても
殆どの方が 10悪いことをしたよと 言ってくれますよね。

もしも先ほどの条件付けが無ければ 
例えば私が会社の上司で あなたが部下なら
あなたは私に10悪いことをしているのにも拘わらず5とか8とか
遠慮をして伝える可能性が有りますし
人から 恨まれたり 或いは人との諍いが嫌な人は 
本当のことは言わずに2とか3とかと言うかも知れません。

ここで気が付いておいて欲しいのは 
役職や利害関係や主義主張や考えや感情を入れてしまうと
人間は10人10色に成り100人居れば100色に成りますし 答えはバラバラです。

ところが役職や利害関係や主義主張や考えや感情を入れなければ
人間は10人1色ですし 例え100人が居ても
「私」という同じものを 100人の皆さんが 見ているのですから
ほぼ同じ答えが出てきます。
100人1色です。

人の表面では無く 奥底で感じていることは
皆さん かなり近いことを感じている訳なのです

此処までは説明を良く読んで下されば誰にでも解かります。
解らなければ 解るまで 何度でも読み直して理解して下さい。
この部分は とても大切なところですから・・・。



本当の問題は此処からなのです。

私の目の前に居て 私をシビアに見ていて 
そのままを伝えてくれている通りに 私は10悪い事をしたのですから
その10を 認めようとしますし受け入れようとします。
皆さんが口を揃えて言っている事なのですから
嘘だなんて思いませんし本気で受け止めようとします。

ところが私達には自衛本能と言って
自分を守ろうとする本能が無意識に働いている為に 
自分では10を受け入れているつもりが 実際には 半分の5にカットされてしまい 
半分の5しか受け入れることは出来ません
そればかりか 当の本人は10を受け入れたつもりでいて実際には半分しか 
受け入れていない事実には まったく気づいていないのです。

これは私達の日常生活を振り返る事で簡単に見てとれます
日常の中で人から言われる苦言や自分にとって都合の悪い話しは
聞き心地が悪いですよね・・・?
この聞き心地の悪さ自体が 私達の中に無意識に働いてしまう自衛本能ですし
目の前の現実の受け入れ方を 半分の5にカットしてしまう作用なのです。


今度は逆に10と云う度合いで良い事をします
あなたは 先ほどと同じ様に とね は10だけ良い事をしたと伝えてくれます
私は あなたに言われた通りに 10だけ良い事をした事実を受け入れようとします
ところが ここで 先ほどと同じように
10の良い事を受け入れようとすると 自然に自衛本能が働き出します。 
そして今度は その自衛本能は
先ほどとは逆に働き 10した良い事だけを受け入れたつもりが
倍の20にして受け入れてしまいます
何とセコイのでしょう(笑)
でも これは私達の誰もが 実際に体験している事実です
実際に それらを自分自身が している姿は
日常生活に目を向けてみれば簡単に見て取れます。


人からの誉め言葉は聞き心地が良いですよね・・・?
もうお解かりですね この聞き心地の良さ自体が
目の前の現実の受け入れ方を倍の20にしてしまう作用なのです
人によっては その誉められた事を何度も思い出しては 
又味わうといった様に まるで牛の胃袋のような事をする方もいます
これはプラスの20どころでは無いかも知れませんね(笑)
あなたも実際にやっていますよね・・・?


ここからが もっと驚きます

先ほど私は10悪いことをしました
そして次に10良い事をしました。
悪い事をマイナスにし 良い事をプラスにして 
差し引きするとプラス マイナスゼロの 
可も為し不可も為しと言った私が
あなたに見えている私です。


ところが 私に見えている私は
先ほど10悪い事をした時に半分の5にカットして受け入れてしまい
10良い事をした時には倍の20にして受け入れてしまっています。
悪い事をマイナスにし 良い事をプラスにすると
差し引きするとプラスの15という人間が
私に見えている 私となってしまっています。

さて どちらが本物の私でしょう?

勿論 あなたに見えている方の 
プラス マイナスゼロの 私こそが本物の私の姿です

そして 私に見えている プラスの15の私の姿は 
悲しいかな 世の中で 私以外の誰にも見えない私の姿で有り 
実際には居ないし 存在しない 空想の中に作り上げた私なのです。


私は空想の私を見て 私を見ているつもりに成り 
私を知っているつもりに成っていた訳なのです。
そして誰もが見えている
現実の世の中に生きているプラス マイナスゼロの本当の自分の姿が
世の中で自分1人だけ知らず 周りの全ての人に見えています。

何も身近な人にしか見えない訳では無く
触れ合う全ての人達に見えてしまっているのです。

更に説明すると 自分には2つ在って
1つめは"自分の知っている自分" 2つめは"現実の自分"という2つです。

最初の"自分の知っている自分"というのは プラスの15の方です。
今日まで生きてきて色々な体験や人から言われた言葉を通して
自分の頭の中でイメージ化して作り上げた自分
他の誰にも見えない自分 他の誰も知らない自分
自分にとって都合の良い部分だけを見つめて
作り上げてしまった自分 空想の自分
言ってみればオバケみたいなものです 実体が無いのですから

殆どの人が こちらを見て
実際に 今現在 生きている自分の姿だと思ってしまっています。

次に"現実の自分"というのは プラス マイナスゼロの方です。
周囲の目によって直視された自分
触れ合う全ての人に見えている自分!生の自分
自分にとって都合の良い部分も悪い部分も無く 全てに目を向けた時にしか
見えない自分であり 自分1人だけが知らない自分
頭の中のイメージ化した自己など通さずに見た自分
自分では見られない自分





殆どの方は 現実に生きている こちらの本物の自分の姿を
見た事が有りません。

"自分の知っている自分"を 
本物の自分だと思い込んで生きていると
あらゆる物事が歪んでしか見えません。 
その物事の表面しか見ることが出来ません。

例えば 問題が発生します
あなたは問題の表面しか見えていませんから 
その見えている表面に 手を付けます。
一時的に問題は解決したかの様に見えます。

ところが 暫らくすると再び同じ問題が発生して来ます。
再び手を付けます。一時的に問題は解決した様に見えます。
この繰り返しで 問題が発生する間隔が だんだんと狭まって来ます
あなたは その内 嫌気がさしてしまいます。
あなたには 今迄に こんな経験は有りませんでしたか・・・・?


"現実の自分"を 自分として生きていると
あらゆるものが鮮明に見えています。
例えば問題が発生します
手を付けだすのは ゆっくりなのですが
問題の表面には手を付けず その表面を透かして見つめる目を
使い本質が見えてから 初めて手を付けだします
言ってみれば レントゲンの目を持つ人みたいなものですね(笑)
問題が本質から解決されてしまい 一度で全面解決をしてしまいます。
同じ問題は2度と発生して来ません。








いかがでしょう・・・・此処までの 私の説明で
現実の自分の姿を見ていなかった事に気づいて頂けましたでしょうか?
自分が見ていた自分が どの自分で有ったのかは もうお解かりですよね・・・?

私達は良く落ち込むという言葉を口にします。
それが普段 あなたが高い所に居る証拠なのです。

そして 
こんな事も言います 落ち込んだけれど
苦しかったけれど ようやく自分で元の位置に
なんとか戻せて元気に成れたと 
本当は これでは元の木阿弥なのです

プラス マイナスゼロというのは 
あなたが大地に足を付けている
地に足が付いている状態を言います。
それ以上 下には落ちようが無い場所なのです。




私達は 丁度こんな感じでいます
私の中に現実の私で有るプラス マイナスゼロの私と 
自分の知っている自分で有るプラスの15の私が同居する様に居ます

自分の中の 下の位置にあたる方の自分がプラス マイナスゼロの自分です。
上の方の位置にあたる方の自分がプラスの15の自分です。
先ほどの落ち込むというのは 上の位置の自分が 下の位置の自分に落ちてくる
感覚を言うのですが 本当は そのまま足掻かずに落ち込み切ってしまえば
現実の自分に出会える唯一の可能性なのです。
けれど私達は 勇気が無くて そんなことは する気も有りません。





上の自分は 自分の知っている自分のプラスの15です
そして自分だけに見えている自分です
下の自分は 現実の自分のプラス マイナスゼロの自分です
悲しいかな自分には見えません。

目の前に 他の人が居たとします
その人にも あなたと同じ様に上下に位置する 2つの自分が在ります
ところが その人も あなたと同じ様に上の位置の自分である
自分の知っている自分の方のプラスの15の自分しか見えません
下の位置で有るプラス マイナスゼロの現実の自分の方は
自分からは見ることが出来ません

ところが あなたが その相手を見た時に見えるのは
相手の下の位置の方の自分である プラス マイナスゼロの姿だけで、
相手に見えているはずの上の位置の自分であるプラスの15は見えません
何故なら そのプラスの15の姿が見えているのは
世界中で その人 たった1人だけなのですから それに その姿は
その人の空想の中に存在しているだけで
実際には存在すらしてないのですから あなたに見えなくて 当たり前です

逆にその相手から あなたを見ると あなたに見えない
下の位置の方の自分である プラス マイナスゼロの あなたが見え  
あなたに見えている上の位置の方の自分である
プラスの15の あなたの姿など 相手には まったく見えないのです。
なぜなら そのプラスの15の あなたは
実際には存在すらしていないものだから見える筈など無いのです。

お互いに 相手の下の位置の自分で 有る "現実の自分"本物の自分である
プラス マイナスゼロの姿を見ることは出来ます。

他人の事はシビアに見えるのです。
なのに 自分の事は自衛本能に目隠しをされてしまい
自分で自分を見る事が まったく出来ません。



そして互いに相手に見えない 有りもしない方の
プラスの15の自分を主張し合っているわけです
相手の目に映っているのは この自分であると思い込んだままに
そんな次元になど 絶対に和解や理解は起こりません。
この次元に生きている限り 自分以外の人間との本当の理解は生まれません
なぜなら互いに有りもしない自分を必死で相手に解からせようとしているからです。

この事実にすら気付かずに 一生を終えてしまう人達の なんと多いことでしょう・・・。


あなたは 今日までの人生を 
どの自分を 自分と思ってしまって 生きていましたか・・・・?


それならば 現実の自分の姿が一体 どんな姿をしているのか
見てみたいとは思いませんか?

今迄見ていた自分というのは 都合の悪い部分は半分にカットして
都合の良い所は倍にして見ていたのですから
その自分と比べたら 物凄い落差が有って 
ハッキリ言って 落ち込みますよ きっと
だって あなたは かなり高い所に居たのですから・・・。
でも この際ですから 現実の自分の姿まで見てしまいましょう

まさか ここまできて勘弁してくれと言う人は居ませんよね・・・?(笑)

居ますか・・・・?


大分長くなってしまいました。 
ここまで理解して読んで頂けているか どうか とても心配です。
ですから今日は 此処までにしたいと思います。
この先も大分長く成りそうなので・・・。



"バカヤロー" これじゃ昔の 
どこかのテレビ番組の探検隊みたいじゃねぇーか
なんて言わないで下さいね(笑)大分古いかも
出るぞ 出るぞと散々煽っておいて
最後まで何も出ずに終ってしまう番組でした(笑)
でも この講座は ちゃんと出ますから御安心を!

現実の自分の姿を どうしても見たいという方達だけに 
ぜひ この先の講座を体験して頂きたいのです 
ここから先に進んだ方にはハッキリと現実の自分の姿を見て頂きます。
けれど 私と約束をして欲しいのです。
そこまでの講座を体験した方は
必ず最後まで この講座をやり通すという約束です。
途中でリタイヤをしない約束をして欲しいのです。


昨日 お願いしたものは 明日必ず使いますので
まだ やってない方で 真剣に解かりたいと思える方は 
ぜひ用意をしておいて下さい。


それでは明日の人間物語の メール講座を お楽しみに・・・。


















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 人間物語 の メール講座    NO4
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私達は 自分自身のことを
知っているつもりで 今日まで生きてきましたが
それは あくまで自分の中で勝手に作り上げた自分で有り 
自分独りだけしか知らない"自分の知っている自分"に過ぎず

実は 実際に この世の中に生きている
本物の自分自身の姿の方である"現実の自分"を 
全くと言って良いほど 知らずにいた事実を 
昨日のメール講座で 出来る限り詳しく説明しました。

そして"現実の自分"の姿が 
一体 どんな姿をしているのか 見てみましょう というところで昨日は終りました。
今日は"現実の自分"の姿を 実際に 皆さんに見て貰うところから始まります
心の準備はよろしいですか・・・?

それでは始めましょう。
あまり身構え無いで下さいね・・・。
リラックスし、油断をして聞く感覚が
1番 解りやすく聞こえるかも知れません。

実は"現実の自分"の姿を見る事が出来る 
とても簡単な方法が有ります。

そして 皆さんは もう既に 
その姿を見たことが有るのです。
ただ それが自分自身の姿で有ると認識はしていませんし
まさか自分だとは 夢にも思わず見ているのですが・・・。




それでは その簡単な方法を紹介しましょう。
磁石のプラスとプラス マイナスとマイナスを 
近づけると どうなりますか?
プラスとマイナスは引き合いますが 
プラスとプラス マイナスとマイナスは反発し合って離れてしまいます。
異なる極同士は引き合いますが 同極同士は反発しあい弾き合います。

人間も原理原則が この磁石の作用と同じです。
この原理に気づくことで簡単に"現実の自分"の姿を見ることが出来るのです。
どういう意味か解かりますか・・・?

ただし見る事は出来ますが あなたが それらを受け容れられるかどうかは
また別の問題です。

ここで 1昨日の 失恋克服 講座の際に準備して頂いたものを使います。
あなたの周囲の人達に向けて書いて頂いたものを見て下さい。

人に向けて書いてある文を良く読み直してみて下さい。

その方達は 決っして いつも(四六時中) そこに書いてある状態で
居る訳では有りませんよね?
その方が腹を立てていたり その方の状態の悪い時に そうなっているのですよね・・・?

それなら あなたも同じ様に 御自分の腹が立っている時や 
状態の悪い時の自分に照らし合わせて
自分と似ていないか どうかを確かめてみて下さい。
自分が頭に来たり腹が立ったときに照らし合わせて見て下さい。
決して自分の状態の良い時の自分に照らし合わせることはせずに

もうお解かりですか・・・?
そこに書いてある嫌なことの全ては 現実のあなたの姿です。
人を見て嫌だと感じていたのは 実は その人の事が嫌なのでは無く
その人によって 自分の嫌な部分を 見せられることで
その人が嫌だと錯覚し その人が嫌だと思い込んでしまっていたのです。

それも普段 自分が自分の中で押さえ込んで自分は
やっていないと思い込んでいる事を見せられる相手は
特に嫌っているかも知れません。

10人の中で1番嫌いな相手を思い浮かべてみて下さい
その方が あなたの中の嫌な部分を 1番 あなたに見せている人であり
10人の中では あなたに1番ソックリな性格の人なのです。
そして どの様な シュチエーションでなのかは解かりませんが
あなたの姿が その人の様に見えている場面が必ず何処かに有る筈です。

私のところで行う 実際の講座の中で 
これらの照らし合わせを している時に こんな風に言う方が居ます
たまたま父親の処に お酒を飲むことが嫌いだと書いていた人が
「俺は酒を飲まないから こんな事は してない」と言って来ました。
私は その人に 例えば お父さんが美味しく楽しくお酒を飲んでいる人でも
嫌いかどうかを訊ねました。すると その人は言いました 
父はお酒を飲むと周りのことが解からなくなり
周りの人の事を考えずに自分勝手な振舞いに成るから嫌いなのだと・・。
ならば あなたは お酒は飲まなくても 
例えば腹が立って虫の居所の悪い時に周りの人の事など考えずに
自分勝手に振舞っていた事が無いのですか?と聞いたところ 
「それなら私にも有ります」と答えてくれました。

この様に 自分が書いた文章の表面に現れている形に囚われてしまうのではなく 
その影に潜むものに気づき そこと照らし合わせる事をしてみると
相手に向けて書いていた事が 自分のしていた事と
殆どパーフェクトに照らし合わせられる筈です。
会社では していないけれど 家庭ではどうかと場所を変えての
照らし合わせもして下さい。
自分の上司には してないけれど 部下にはどうか?とか
自分より弱いと見なしている人に やってしまっていないか
良〜〜〜く 確かめてあげて下さい。
自分の都合の良い所にでは無く 自分の都合の悪い所に照らし合わせる事によって
やがて"現実のあなた"の姿が見えて来る筈です。



業務連絡で お願いしたものを準備が出来なかった人は
こう考えて下さい。

今現在 或いは 今迄に あなたが最も嫌いだった人の事を
思い浮かべて下さい。

あなたの"現実の 自分"の姿は その人の姿そのものです。

本当は あなたは その人が嫌いなのでは有りません
あなたが その人を嫌いな様に感じられてしまうのは 
あなたの中に有る あなたの嫌いな部分を 
その人から ソックリそのまま見せられるからです。

本当に あなたが嫌っているのは現実の自分自身の姿なのです。

それも嫌っている あなたはといえば・・・
あなたの中だけにしか存在しない 有りもしない あなたで有る
"自分の知っている自分"プラスの15の方である あなたが なのです。

幾ら良く見えていても実際には居もしない方の自分が
多少見てくれは悪いけれど この世の中に本当に存在している方の
本物の自分を嫌い さげすんでさえいます。

有りもしない架空のあなたが 本物のあなたを嫌っている
人によっては本物の自分を抹殺しようとさえしています。

もしも そんな事を許してしまったら あなたは死んだ様に生きるしか有りません。

本物のあなたは多少見てくれは悪いかも知れません。
でも それは高い所に居る あなたから見たらであって
私には そんな あなたの方が よっぽど醜く見えます。
第一 今日まで実際に生きて来てくれていたのは あなたに
さげすまれて続けて来ていた"本物の自分"の方なのですから・・・。



何故 そんな事を しているのか 解かりますか?
もしも 本物の自分が自分で有ることが解かってしまったら
今までの"自分の知っている自分"が消えて無くなってしまうからです。
いいえ本当は無くなるのでは有りません。
何故なら以前から そんな自分は無かったのですから

ところが あなたの中だけには有ったのです
あなただけには見えていて あなたが まだ小さい頃から
あなたは それに親しんで来てしまっている訳なのです
ですから それは あなたにとっては 
自分が無くなってしまう感覚なのです。

けれど ここを通らなければ あなたの成長は有り得ません。
器が広がるというのは この"現実の自分"を
頭では無く 理屈でも無く 実感で受け容れた時に
初めて あなたの器が広がり出すのです。


私達は人生や社会の中で様々な壁にぶつかります。
その壁を抜け出せた時に 自分が成長した様な感覚を受けることが有ります
確かに 多少は成長しています。
その時の成長は現実にぶつかり"自分の知っている自分"が多少崩れた時に起こります
"現実の自分"が 僅かに垣間見えた時に それは起こっているはずです。
ところが あなたは そこに再び"自分の知っている自分"を知らず知らずの内に
構築してしまい "現実の自分"の姿は 再び あなたから遠いものと成ってしまいます。



私は この メール講座 の気づきを
多少のものにする気は有りません。それだけに大変ですけど・・・・。
"現実の自分"を全面的に受け容れられた時の感動は 
多分 とてつもなく大きなものに成る筈です。
ですから 最後まで ついて来て下さいね。



さあ講座を 更に先に進めて行きましょう
まず あなたが10人の方達に向けて書いた その方達の嫌いな部分は
本物の あなたの姿だという事は理解出来ましたよね・・・? 

"現実の自分"を 頭では無く 理屈でも無く
実感で受け容れられる様になれるには そこに至るプロセスが必要です。

今日まで 
あなたは "自分の知っている自分"で日常生活をすごしていると
思っていましたし 周りの人達とも関わっていると思って居ました。
ところが実際には 今日初めて解かり始めてきた"現実の自分"の方のあなたで
あなたは 日常生活を過ごしていますし 周りの人達とも関わっています。

その現実の自分で生きたときに 周りの人達の中で
1番に皺寄せを あなたから被ってしまう相手とは誰でしょう?

あなたが人に向けて書いた あなたの嫌いな部分を 
あなたが1番向けてしまう相手とは 一体誰でしょう?

あなたから あなたでも反吐が出る程の その部分を 
1番浴びせられ続けているのは一体誰なのでしょう?

云わば あなたの嫌いな部分の塊を 
あなたから1番向けられてしまって来た相手です。

皮肉な事に・・・
あなたが 1番 遠慮をしないで済む相手に 
あなたが 1番遠慮抜きに接しられ 日常生活をすごせる相手にこそ
あなたは それらを1番向けてしまっているのです。
さあ どなたでしょう・・・?






本当の問題はここからです。
あなたの性格が悪かろうが良かろうが本当は そんなことは どうでも良いんです。
ただ あなたが"現実の自分"で生きている時に あなたでさえ人からされた時に 
嫌悪する部分を もっとも身近で大切な人に向け続けている事実を
当のあなたは 自分が別な自分で生きていると勘違いをしているが余り
まったく気づいていないし認めようとしない事なのです。

あなたが認めない限り 
あなたは身近な その相手を 知らず知らずの内に
精神的に踏み付けにしてしまっているかも知れないのです。

それどころか 
あなたが気づいて上げない限り 
その人は あなたに愚痴や文句さえ言わずに
生涯 あなたの撒き散らかす 
言わば毒を飲み込み続けなければいけないのです。

ちょっと その痛みを想像して見て下さいね 
ここで あなたに重要な質問をしてみたいと思います。
あなたは あなたの事を大切だと思ってくれている人が イコール 
あなたの大切な人に成っていますか?
あなたの事を大切に思ってくれている人が解からない人は
あなたの家の直ぐ傍の道路に飛び出して あなたが車に跳ねられ
危篤状態で病院に担ぎ込まれたと想像してみて下さい。
あらゆる方面に一斉に連絡が行った時に 何を置いても駆け付けてくれる相手がいます。
そんなに多い人数ではないかも知れませんが確かに居ます。
簡単に言えば その人達が あなたの事を大切に思ってくれている人達です。
その人を あなたは大切に出来ていましたか・・・?
そして その人達に あなたは1番 あなたの嫌な部分を
撒き散らかしてしまっていたのです。
これでも あなたは あなたを大切に思ってくれている人達を 
大切に出来ていたと言えますか・・?




明日は この大切な方の中から
もっとも皺寄せをしてしまっていた相手を1人だけ選び出し
あなたが その相手に成り代わって自分の流していた 言ってみれば毒の塊を 
あなた自身の手で味わってみることをしたいと思います。


それでは明日の
人間物語の メール講座を どうぞお楽しみに






















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 人間物語 の メール講座    NO5
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昨日の最後で とても大切な質問をさせて頂きました。

あなたの事を世の中で一番大切だと思ってくれている人を 
イコール あなたが世の中で一番大切な人に成っていますか?と言う質問でした。

あなたの事を大切に思ってくれている人が解からない人は
あなたの家の直ぐ傍の道路に飛び出して あなたが車に跳ねられ
危篤状態で病院に担ぎ込まれたと想像してみて下さい。
あらゆる方面に一斉に連絡が行った時に 何を置いても駆け付けてくれる人がいます。
そんなに多い人数ではないかも知れません。
ほんの数名かも知れませんが その人達は確かに居ます。
簡単に言えば その人達こそが あなたの事を大切に思ってくれている人達です。
そして その人達は あなたが例えどんなに どん底の状態になろうとも 
あなたを見放したり あなたを見限ったりすることは有りません。

それなのに あなたは その人達の事を実際に大切に出来ていましたか? 
その人達が あなたの大切な人になっていましたか・・・?と言う質問でしたね。

たぶん 多くの人の答えはNOですよね・・・?

何故なら その人達に あなたは1番 あなたの嫌な部分を
撒き散らかしてしまっていたからです。

それどころか 今日まで その事実に気づこうともしなかったのですから・・。
これでも あなたは あなたを大切に思ってくれている人達を 
大切に出来ていたと言い切れますか・・?
そんな事は無理な話しです。





だって あなたは そんな事をしているとは夢にも思っていなかったのです。
あなたは そんな生き方をしていたなんて このメール講座を受けるまでは
まったく知らなかったのです。
まさか自分が"自分の知っている自分"以外の"現実の自分"で生きていて
その自分が身近な人達を 平気で傷つけながら接しているなんて
考えた事も無かったのですから。

そして 今日は この大切な方の中から
もっとも皺寄せをしてしまっていた相手を1人だけ選び出し
あなたが その相手に成り代わって自分の流していた 言ってみれば毒の塊を 
あなた自身の手で味わってみることをしたいと思います。


まず あなたが もっとも皺寄せをしてしまっているだろうと思える
身近な相手を1人選び出す事から始めます。

あなたが独身の方ならば あなたの母親か父親のどちらかにして下さい。
それは別に一緒に住んでいなくても 例え あなたが独り暮しで
両親は遠くに離れて暮らしていたとしても 
たぶん その方達が あなたから1番 皺寄せを受けている相手だからです。
それは あなたが気づいていないだけなのです。

あなたが結婚をしている方の場合なら
あなたが夫ならば妻を あなたが妻なら夫を選んで下さい 
どんな形で有れ やはりそこに 1番 皺寄せをしているからです。

あなたが離婚 或いは死別で 結婚されていた相手と別れて まだ数年ならば
(5年以内ならば)少し辛いかも知れませが その相手を選んで下さい。
それ以上の年数が経過している場合は 子供か親の どちらかを選んで下さい。 
自分が多くの皺寄せを浴びせていると思える方の相手を選んで下さい。

あなたが 両親とも兄弟とも幼い頃に別れ
身近な人は誰も居なかったという人で在るならば
あなたの親代わりをしてくれていた人を選んで下さい。

そして次に 
選び出した相手と同居している人の場合は
例えば 現在 自分が独身の方で親と同居をしていて母親、父親を 
選んだ方、 或いは 自分が結婚をしていて夫婦で同居をしていて
夫や妻を選んだ方達の場合は 此処1週間以内の"ある1日"を決めて下さい。
別に どの日でも構いませんが 土曜日や日曜日の様な休日以外の
平日から選び出して下さい。

離れて暮らす両親の 父親か母親のどちらかを選んだ人の場合は
1番最近 実家に帰った日の中から"ある1日"を決めて下さい。
夫が単身赴任の方の場合も 同じく1番最近の家に帰った日の中から
"ある1日"を決めて下さい。休日にしか帰らない場合は
当然 休日でも構いません。

選び出した相手と離婚 或いは死別で 
現在は同居をしていないという方の場合は(5年以内なら)
同居をしていた当時の中から"ある1日"を決めて下さい。

選び出す日は 特に揉め事が有ったり 喧嘩をしている日を選ぶのではなく
ごく普通の"ある1日"を選んで下さい。

そして その"ある1日"の朝から夜寝るまでを
出来るだけ詳しく思い出して貰います。
これは少しだけ難しいかも知れません・・・が
少しの間だけ放り出さずに取り組み続けることで
無理だと思えた記憶が ちゃんと蘇えって来ます。

あなたが本来(本当)のあなたの近くで生きている場合
あなたの記憶は比較的 容易く思い出すことが出来ます。
思い出すことが難しい方は 本来のあなたから随分と遠い所で
生きているのかも知れません。
簡単に言うと あなたは背伸びや無理をし過ぎているのかも知れません。




1日を思い出せて来たら
今度は あなたが相手側に立ち 
相手側からの その日の1日を思い出そうと試みて下さい
自分の想像力をフル動員し 日頃 その人から聞いている細かい事などを
ヒントや材料に使い相手側から見た1日を想像して下さい。
最初の内は想像で探るしかないのですが・・・。
何度も何度も試みている内に 自分が見過ごしていた
相手の何げなく言っていた言葉や表情と1日の場面が重なり始め
相手から見えていた 本当に有った実際の1日の様子や
相手の気持ちまでもが見え始めてきます。
 

そして これをPCのメモ帳でもいいですから書く事をお勧めします。
私のところで直接受講をしている方達の場合はレポート用紙に書いて貰っています。

それでは書き始めてみましょう。

まずは最初に題名を入れて貰います。
私の場合で言うなら 私が妻に成って書く訳ですから
          夫 ←(真ん中に)         (妻)←右端に 
題名は夫です ですから夫を中央に書きます
そして右端に それを書いていく人が妻だと言う意味でカッコ内に妻と書きます。

そして いよいよ本文に入るのですが 
書いていく上での書き方の約束事が有ります。
それは思い出して頂いた"ある1日"の朝から夜までを描いて行く訳なのですが
互いの実際に話した言葉は「  」内に書きます。
例えば「あなた もう時間ですよ」←これは実際に妻の言っている言葉です
その直後に妻になり妻の気持ちを書き入れていきます。
妻の口調で妻に成りきって 妻の気持ちの中に有る心の呟きを書きます。






例えば こんな感じです。

「あなた もう時間ですよ」疲れた顔して眠っているな〜この人
最近 私が起こしても若い頃と違って 直ぐには起きられなくなってきているけれど
余り無理をして欲しくないな・・・若い頃の様に 自分の身体を過信して
無理して身体を壊さなければいいけど。
夕べも遅くまで起きて仕事をしていた様子だったし 私が何を言っても
忙しいから仕方が無いんだ の一点張りだから 
黙って様子を見ているしかないのかな・・・?
「う〜〜〜ん 解かった 起きるよ」「しっかし 眠いよな〜あぁ〜〜〜〜」
目が充血していて真っ赤だわ 夕べは一体何時に眠ったのかしら・・・。
文句を言われても いい覚悟で私がキツイ口調ででも
言っていかなければいけないのかな?。そうしないと 
この先も・・・ムニャムニャムニャと こんな感じで書いていきます。

ちなみに 私本人の登場は会話のみで 残りは妻の会話と 
会話の前後の気持ちは全て妻の気持ちのみと成ります
何故なら日頃自分の気持ちは嫌と言うほど見ていますから 
此処では日頃見ていなかった妻の気持ちのみを考える事をしていきます。
特に大切なのは この気持ちの部分で有って どこまで相手の気持ちに迫り
本当の相手の気持ちを紡ぎ出す事が出来るかが 大きなポイントになります。
ナレーションや説明文も要りませんし 作文では有りませんから
妻の気持ちの最後に"と思う"などと書く必要も有りません。
カギカッコ以外は全て相手の気持ちだと読み取れますから
実際につぶやいている通りに書いて下さい。

上に書かれている 私の例題に書いた文に 私の気持ちをプラスしたものが
現実の世界を そのまま再現したものに成るのです。
今回は 私の気持ちの部分は必要ないので入れません。
私達の現実の世界にはナレーターは居ませんし 
何の説明文も付いてはいませんよね?





ですから 最初に記した書き方の約束事とは 
私の処の勝手な やり方を押し付けているのではなく
現実の世界を そのまま再現して頂くための約束事だったのです。

此処までが やり方と書き方の説明です
あなたが捉えた やり方が たとえ間違っていたとしても構いませんから
あなたが 実際に書いてトライしてみてください。

何故なら本格的にやるというのは 皆さんにとっては面倒臭い事に繋がるからです
でも 私は あなたに どうしても釣りを憶えて頂きたいのです。
そして あなたに自分の手で魚を釣り上げられる様になって欲しいのです。


少しだけ手前味噌を言うのを許して頂けるのなら
この講座は 例えば 会社の人達が受講すると
その方達に紹介され その方達の家族が受講しに来ている講座なのです。

1番 最初に受講して下さった方達とは 今から25年も前の
その方達が独身時代に知り合い その方達が結婚し 親になり 
現在では その方達の子供もが 次々に受講しに来ている講座なのです。

ちなみに 私の年齢は 1952年生まれの 55歳です。

そして何よりも お伝えしたいのは 実際に私達の所でやる
通常の この講座では 1人の挫折者も無く
終るのが当たり前の講座なのです。

講座に再び戻ります

この相手に成りきる事が1番難しく何度もトライをして
ようやく 相手の気持ちに近づくことが出来ると言った
とても難しいところですが 
諦めずに何度もトライをして下さい。


 
何故なら 相手に成れる
この時点で 自分が普通にしていたことが 知らずに相手を傷つけ
苦しめて来ていたという事実を知り その人の痛みを自分の痛みとして引き受け 
味わうことが出来た時に 人は始めて変わります。
そこで初めて自分に都合よく見つめ続けて来た"自分の知っている自分"など
本当に存在してなかったと言う事が 実感できるのです。


自分の1番身近な人の痛みが 自分の痛みとして実感出来た時に
それでも尚 実際には居なかった"自分の知っている自分"が居たとか
それが本物だとかと 自分の我を張り続けられる人なんて世の中には居ません。



何度か繰り返しトライする内に本物が完成します。
本物が完成した時には あなたは現実のあなたを頭では無く
実感で見ることの出来る 無垢なハートを手にする事ができます。


大変だとは思いますが 
ぜひ やって見て下さい。
 
時間が無い方や 出来ない方は 
この講座を読み続けるだけでも気づいていけるはずです。
勿論 実際に やった方との差が生まれてしまうのは仕方の無いことです。


それでは今日は
此処までで終りにしたいと思います。
明日の講座を お楽しみに・・・。




















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 人間物語 の メール講座    NO6
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今日は 
昨日より更に深く 
あなたの1番身近な人に 
あなたが 知らずに与えていた痛みが
一体どんな痛みで有ったのかを実感で味わう事をしていきます。

昨日の説明で少しは考えてくれましたよね・・・。
実際に書いてみた方もいれば 頭の中の想像でやった方もいることでしょう。


相手に成って行く過程で 多くの人達が1番最初に陥ってしまうのが
会話の部分は問題ないのですが 相手の気持ちの部分を
気持ちを使わずに頭で考えてしまい その頭で考えたものを
気持ちとして勘違いしてしまう事です。
これでは 全くと言っていいほど相手には成れていませんし
相手の本当の気持ちも見えてきません。

なぜ相手の気持ちを解かる事が そんなに必要なのかというと
実は あなたのやっている毒の塊を相手に流す事を止めたいだけでは無いのです。

あなたが成ろうとしている相手は あなたにとって 最も身近な相手であり
言ってみれば 世の中で1番簡単に あなたが成る事が可能な相手です。


誰よりも"相手に成る"と言うことが最も簡単に出来る相手なのです。
その最も身近で簡単に解かることが出来る筈の
相手の気持ちを 解かる事が出来なければ それ以外の人達で有る
他人の気持ちを 果たして解っているのでしょうか?




にも拘らず あなたは"自分は他の人よりは人の気持ちが解かっている方だと"
感じたり勘違いしたりしていた訳なのです。
それは ひょっとしたら とても怖い事かも知れませんよね・・・?


私の所で実施している 通常の講座の時に「今迄 あなたが 人の気持ちを考える時に 
一体どうやって あなたは人の気持ちを考えて来ましたか・・・?」と
私が質問すると  多くの人の答えは こうです。

「もしも自分がその人の立場だったら どう思うのかと考えた時に
出てくる気持ちが その人の気持ちで有ったり その人の立場に
立つことだと思っていた」と・・・。

いかがですか・・・?  
あなたの答えも 同じですか・・・?

残念ながら このヤリ方で出てくる気持は あなたの気持ちであって
相手の人の気持ちでは有りません。

何故なら あなたが あなたの立場に立っているだけだからです。
出てくるのは当然 あなたの気持ちだけです。
相手の気持ちに 近いものですら有りません。

これは解かりやすく言うなら こうです。

池で溺れている人を見て
自分は池の淵に立ったまま溺れている人を ただ眺めながら
「解かるな〜あの人の辛さは 苦しいし 冷たいし いつ死ぬのか
解からない恐怖だって襲ってきているだろうし・・」と言いながら 
その人の立場に 立っているつもりに成っているのと同じす。
果たして 
これが池で溺れて今にも死んでしまいそうな人と同じ立場に
立っている事に成るのでしょうか?
そして その人の気持ちや痛みが 本当に解かるのでしょうか?

そんな事は有り得ません。
もしも本当に解かりたいのなら簡単です。
池の中に飛び込み 例え あなたが 泳げたとしても泳がずに溺れてみることです
条件を全て同じにして 初めて 少しだけ その人の気持ちに近づく事が出来ます。
それでも厳密に言うなら まだ違うのです。

何故なら その池に溺れた場面までの過去の体験のすべてが 
あなたと その人とでは全く違うからです。
当然感じられ方は違いますよね・・・。
例えば その人が過去に池で溺れた体験が有って あなたには無いのならば
その人の恐怖感たるや 泳げる あなたが 
今だけ溺れる真似をするのと訳が違います。
あなたの想像を遥かに超えています。

だから 1番身近な人が1番簡単に あなたが成れる人なのです。
だって その人の情報を他の人よりは あなたが1番持っているでしょう?
少なくとも 他人よりは過去の事でも 多少は聞いている筈ですから・・・。

さあ再び挑戦してみましょう。

相手に成ろうとし 相手の気持ちを解かろうとした時に
多くの人が1度目に陥ってしまうのが この様に頭で考えた気持ちを
相手の気持ちだと勘違いをしてしまう事です。

そして次に陥ってしまうのは
相手の気持ちの部分を頭で考える事は やめてくれるのですが・・・。
今度は全てを感情で書いてしまうのです。
感情が気持ちだと勘違いしてしまうのですね。
確かに頭は使いませんが・・・。
これは 皆さん 最初に書いてくれたものより ずっと早く書き上げてしまいます。

当然ですよね。
だって最初は頭を使って考えながら書いたものです。
今度は感情ですから 考えませんし ずっと早く書けてしまうはずです。
でも それは ここで言う 気持ちというものでは無く
"文句や注文"の羅列になってしまっています。

此処までの事を 少し別の角度からの話しによって説明したいと思います。

私達の中には 3つの次元が存在しています。
違う言い方をするなら 私達は3つの次元を同時に生きています。

1つ目の次元は"社会的 生の次元"
2つ目の次元は"自然的 生の次元"
3つ目の次元は"存在としての 生の次元"

1つ目の "社会的 生の次元"というのは 沢山の人間が争うこと無く
生きて行く為に作り出した人間独自の世界 
例えば 道徳で有ったり 理想の人間の姿を追い求める次元で有ったり
簡単に言うと あるべき論の世界と捉えれば解かりやすいかも知れません
完全に頭の次元であり 私達の実感で言うなら 思考する次元です。

2つ目の "自然的 生の次元"というのは 動物達と同じく
本能の次元です。私達自身の生や 自我を守ろうとする為なら
他とも平気で争い合ったり殺しあったりする 生(ナマ)の次元です。
私達の実感で言うなら 感情の次元が1番近いかも知れません。

3つ目の "存在としての 生の次元"
私達は この次元でも 確かに生きているのですが この次元としての
自覚は とても薄く感じづらいものに成っています。
何故なら 直ぐ上の次元である 感情の次元が 余りにパワフルで
どちらかと言えば 静かに立ち昇る蝋燭の炎の様な この次元を多くの人は
感じられなく成っているのかもしれません。
私達の実感で言うなら 心情の次元と言って置きます。



更に解かりやすく説明すると
1つ目の思考の次元というのは 例えば「明日は何時に家を出て あのバスに乗って
会社についたら これをやって あれをやって」と 全て当たり前の様に
考えていない様で ちゃんと無意識に頭で考えながら行動している部分を言います。


もうひとつ別の言い方をするなら 建て前の世界です。
此処で生きている人からはパワーは余り感じられませんし 
魅力も感じられないかも知れません。
従って異性からも余り好感を持たれないかも知れません。


2つ目の感情の次元は そのままです
「うるせ〜とか 馬鹿野郎〜」とか「文句が有るなら言ってみろ〜」とか
力で相手を威嚇したり 制圧しようとする世界です。
誰でも直ぐに実感できる 言葉や行動や表情や雰囲気や 
自分の中の その場所から出ている 全てを言います。
凄くパワーが有ります。
魅力も有ります。
でも単純ですし どちらかと言えば 馬鹿です(笑)

若い頃 私も これでしたから良く解かります。
今でも少し名残が有るのかな・・・・?(独り言です)

人と争うことが多く 毒も沢山 撒き散らしてしまいます。
そして その毒は最後には自分に向かいます。
あなたのパワーは 相手も切りますけれど 自分も切ってしまいます。
確かに 一時的な完成を築き上げることは出来ますけれど 長続きしません。
何故なら 無理をして 背伸びをし続けているからです。
一体 その無理や背伸びがいつまで続きますか・・・?

此処は思考の部分で有った 建て前の世界の 対極で有る 本音の世界です。

周りの人達を見て下さい 多くの人が このどちらかに重心を置いて生きています。
思考の人 感情の人・・・・そして その両方を
行ったり来たりしながら使い分けている人・・・。

3つ目の 心情の次元
此処を自覚している人達は ハッキリ言って とても少ないです。
ところが滅多に見ることの無い 心情の自覚を出来ている人達は確かにいます。
その人達は どこが自分の本当の気持ちの在処なのかを ちゃんと知っているのです。

此処を自覚出来た人が初めて 思考や感情を使うことが出来ます。
思考や感情に使われて埋もれてしまうのでは無く 
それらに使われて仕舞うのでは無く それらを使う事が出来る様に成るのです。

この心情の次元が あなたに自覚出来た時に 初めて
あなたの中の 全ての次元のバランスを取ってくれるのです。

この次元が自覚出来ていないことは 真っ暗闇の中を灯りも持たずに
歩く様なもので有り(あっちこっちにぶつかり生傷が耐えません) 
或いは あなたの家の灯りが消えてしまっている様なものなのです。

あなたが 何をするにしても まず1番最初にする事は

そうです。
まずは あなたの家(内面)に 灯りをつけることを してみましょう。
そのくらい この心情の次元を あなたが実感することが重要なのです。

それでは心情の次元が実感出来る為のヒントを伝えましょうね・・・。
それは ひと言で云うなら 何の損得も無い次元です。
何の損得も無い気持ちです。

実は あなたは ちゃんと 心情の自覚をしたことが有るのですが
これほど重要なものだとは思いもしなかった だけなのです。

まず あなたが 自分自身に正直に成って下さい。
どこまでも どこまでも 正直に成っていくと 自分の中の1番 奥の方に 
本当は自分独りでは 何も出来ない奴であり 
たいした事の無い奴なんだとか 

或いは 本当は自分は弱くて駄目な奴なんだと感じられる場所が 有るはずです
どうですか? 有りましたか・・・?
その場所に その次元に
正直になることで 何かが見えてきます。
あなたは まだ一度も その場所に 
その気持ちに正直に成った事が有りません。

それは あなたに本当の事実を感じさせている場所なのです。
なのに あなたと来たら もし そんなところに正直なって 
その場所なんかで 物事をやったりしたら失敗してしまうし
第一 そんな駄目な所に何も出来るはずが無いと決め付けて
蓋を し続けて来て その本物の自分である方の 
自分と一緒に 生きようとした事など 一度も有りませんでした。

あなたが その本物の "駄目で出来損ないで チンケな自分"と
勇気を出して 生きようとしない限り その自分が育つことは永遠に有り得ません


本物のあなたが育っていないから・・・いいえ 本物の 
あなたが育っていない事を あなたは 知っていたから
今日まで 背伸びをし続けなければ いけなかったのです。

そして 世の中の どこを探しても 本物のあなたを 育てられる人は
あなた以外に存在しません。
例え あなたの親が どんなに あなたを愛していたとしても 
あなたに代わって 本物の あなたを育てる事は出来ないことなのです。

多くの人は その本物の自分に蓋をしたままで人生を終るのです。
あなたも そうするのですか・・・?


でも・・・不思議なことが有るのです。

それは あなたは 本物のあなたで生きたことが今迄に一度も
無い筈なのに そこで生きると駄目になってしまうと あなたが知っている 
ということです。不思議でしょう・・・?
だって 体験も無いのに 何故 あなたは そんな事を知っているのでしょう?
もう解かりますよね・・・?
本当は あなたの中に有る 
"知っている"という感覚自体が偽者で錯覚なのです 



あなたの内面で 本物の あなたに 
実際には居もしない あなたが脅しをかけているのです。
あなたが あなたに騙されているのです。
なぜ そこで生きた事も無い人に 駄目に成るなどと言う事が解かるのでしょう?
そんなことは 有り得ない事です。

こうまでしてでも 背伸びをしている  
偽者の自分で生きさせようと必死なのです。
こうまでしても背伸びをする生き方を守ろうとするのです。
自衛本能と言うのは 凄まじいものが有るでしょう?
でも本当は守れてなどいなくて 本物の自分を駄目にしているだけなのです。

本物の自分を育てる事の方が どんなにか簡単なのに・・・
多くの人は それを知らないのです。
楽々と有能に生きられる道が有るのに・・・。

ただ 自分の中の駄目な自分にチャンスを与え 邪魔をせずに 
そこで生きさせて上げるだけの事なのに・・・。



再び "ある1日"のやり方に戻りましょう

相手に成りきる時には その人の一番奥の
その人が正直に成っている・・・自分の駄目さを自覚している その人に成って
"ある一日"の中で あなたを見つめ感じられる気持ちを
その人の 一番奥の部分で感じ取りながら書いていきます。
その時 あなたの 一番奥の部分を その人に貸して上げるのです
その人に使わせて上げるのです。

一番奥の その部分は誰のもので有れ 繋がっています。
その部分だけが 相手に成れ 相手の気持ちが感じられる 唯一の場所なのです。
その部分だけが 相手に成ることの出来る あなたなのです。



私達が 此処で解かって置く必要が有ることは 
あなたの1番身近な人とは
本来 あなたに対して とても善意的な相手なのです。
あなたに対して 日頃から とても善意な目を向け
とても 善意な行動を取ってくれている相手なのです。

私達が 日常の中で 知らずに流してしまっていた毒の塊を
その相手は 毎日 黙って飲み込む事を し続けているのです。


「そんなバカな 日頃から その相手も随分と文句を言ったりして来ているよ」
確かに その通りです・・・・でも そんな部分は感情に過ぎません。
感情も存在しますけれど それは一番奥の部分では有りません。

それに あなたは勘違いをしています。

相手が文句を言って来ている時に 初めて あなたが毒の塊を
流し込んだ訳では有りません。

日常の中で 既に あなたは当たり前の様に 毒の塊を流し込み続けている事に 
あなた独りだけが気づいていないのです

それにも拘らず 相手は その塊を日頃から黙って飲み込み続けて
もうこれ以上は飲み込めないと 許容量が一杯になってしまって 
あなたに助けて欲しくなった時に
初めて 文句を言ったり 抗議をしてきています。

相手の文句や抗議は その人の悲鳴です。
それは あなたに助けを求めているのです。


あなたは その事に気づいた上で相手に成っていかなければ成りません。
そうでなければ 相手が 余りに かわいそう過ぎます。



なぜ そんな美味しくも無いものを呑み込み続けてくれていたのかを
その暖かくて意地らしいほどの思いを ぜひ考え 汲んであげて下さいね。
その時に初めて 
あなたの前に 心情の次元が開かれて来ます。

そして たった1人の身近な人に成り切れ 
その人の気持ちが解かる様になって 初めて いつでも 
どんな人の気持ちでも あなたは自然に感じられる様になります。 



今日は ここまでで 終わりにしたいと思います。
どうも お疲れ様でした。




それでは 
明日の人間物語の
メール講座を どうぞお楽しみに 



















■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
 人間物語 の メール講座    NO7
■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■



昨日の中で1番大切で 重要だった処は
後半に記されていた ここからです。
       ↓
まず あなたが リラックスをして
力まずに 静かなままの あなたで 自分自身に正直に成って下さい。

静かに どこまでも  正直に成っていくと 自分の中の1番 奥の方に 
本当は自分は 自分独りでは 何も出来ない人間であり 
たいした事の無い人間なんだとか 

或いは 本当は自分は弱くて駄目な奴なんだと感じられる場所が 
誰の中にでも 必ず有るはずです。

どうですか? 有りましたか・・・?

あなたは 今迄に まだ一度も その場所に対して・・・或いは 
その気持ちに対して 正直に成った事が有りません。

それは あなたに 本当の事実を感じさせている場所なのです。
その場所は あなたの中で 本当の事実を 唯一 感じられる場所なのです。
なのに あなたと来たら
 
もしも そんなところに正直になって生きたら 
自分は駄目に成ってしまうとか 
そんな場所などで 物事をやったりしたら失敗してしまうとか





第一 そんな駄目な所に
何も出来るはずが無いと決め付けてしまって
正直な感覚自体に蓋を し続けて来て 
その本物の自分である方の 自分と一緒に 
生きようとした事など 一度も有りませんでした。

そればかりか
本物の あなたの正直な感覚や感性は
分厚い鉄板の扉で塞がれたまま 一生涯 陽の目を見ることは有りません。

まさか
背伸びをする あなたが自らの手で 
本物の あなたに対して この様な事をしているとは 
あなたは夢にも思っていないのです。

背伸びをしている あなたこそが 
ぶ厚い鉄板の扉なんだと 気付いている人達は 
多分 とても少ないことでしょう・・・。

そして
自己と言う小さな宇宙の中で
これほどの重要な事態が起こっているとは
殆どの人達が 御存知有りません。
まるで 皆が居眠りをしているかのように・・・・。

そこから あなたを救い出せるのは あなたしか居ないのに・・・。
その あなたが目覚めていずに 眠らされたままなのです・・・。
それも あなたの手によってです。
それが良い事だと思い込まされて・・・。

あなたが その本物の "駄目で出来損ないで チンケな自分"のまま
勇気を出して 生きようとしない限り 本物の自分が育つ事は永遠に有りません・・。




本物のあなたが育っていないから・・・
いいえ 本物の 
あなたが育っていない事を 
あなたは どこかで 薄っすらと 知っていたから
今日まで 背伸びをし続けなければ いけなかったのです。

そして 世の中の どこを探しても 本物のあなたを 育てられる人は、
本物の あなたを救い出せる人は、 あなた以外に存在しません。

例え あなたの親が どんなに あなたを愛していたとしても 
あなたに代わって 本物の あなたを育てる事は出来ないことなのです。

多くの人は その本物の自分に蓋をしたままで人生を終るのです。
あなたも そうするのですか・・・?


でも・・・不思議なことが有るのです。

それは あなたは 本物のあなたで生きたことが今迄に一度も
無い筈なのに そこで生きると駄目になってしまうと 
あなた自身が知っているということです。

不思議でしょう・・・?
だって 体験も無いのに 何故 あなたは そんな事を知っているのでしょう?

もう お解かりですよね・・・。

本当は あなたの中に有る "知っている"という感覚自体が偽者で錯覚なのです 
あなたの中で  あなた(偽者)が  あなた(本物)に脅しをかけているのです。
なぜ そこで生きた事も無い人に 駄目に成るなどと言う事が解かるのでしょう?
そんなことは 有り得ない事です。





こうまでしてでも 背伸びをしている
今迄 自分が親しんできた 偽者の自分を守ろうとするのです。
自衛本能と言うのは 凄まじいものが有るでしょう?
でも本当は守れてなどいなくて 本物の自分を駄目にしているだけなのです。
本当は 駄目にしているどころか 
本物の自分を 産まれさせないようにしているのです。
気づかずにしている事とは言え 私達は とても恐ろしいことを
自分自身に対して しているのです。

本物の自分を育てる事の方が どんなにか簡単なのに・・・
多くの人は それを知らないのです。
馬鹿げた事です・・・。

楽々と有能に生きられる道が 直ぐ傍に有るのに・・・。
悲しい事に 私達は それらを見破り 見つけ出す術を持っていません。

ただ 自分の中の駄目な自分にチャンスを与え 邪魔をせずに 
そこで生きさせて上げるだけの事なのに・・・。


その駄目な自分というのは 一見 駄目で チンケで 何も出来そうも無い自分の様に
見えているけれど 本当は 小さくも大きくも無い 普通で等身大の自分なのです。
本当には 有りもしない高く評価をした自分と比べるから 一見 駄目な自分に
見えてしまうだけで 本当は 駄目な自分が居るというのは あなたの錯覚なのです。

ところが あなたの中では長年 有りもしない方の自分で生きて来ていますから
そこと比べたら 駄目でチンケな自分に感じられる方の自分こそが本物です。



と・・・ここまでが 昨日の大切な処に 新たな説明を付け加えたものです。
解かりやすくしたつもりですが 余計に解かりづらくなってしまいましたか・・・?(笑)




昨日から やり始めている 
相手に成切って 相手の心情を感じる為には
その駄目なあなたで感じ取る事をしない限り 1番重要な心情の部分を
感じて書く事が出来ないのです。
駄目な あなたにチャンスを与えて そこを動かすしか方法はないのです。

今迄の あなたに どんなに実力が有り その あなたが どんなに
逆立ちをしたところで 偽の あなたに 刃が立つ代物では有りません。

偽者の 背伸びをしている あなたには不可能なのです。
小さな頃から背伸びをし続けて来て 背伸びをするのが当たり前になってしまい
背伸びをしている感覚すら無くなっている あなたで有ったとしても
その あなたも 偽者ですから・・・。
どんなに完璧に作って有ったとしても偽者は偽者なのです。
偽者の あなたにはハートが有りません。 
偽者の あなたのハートは死んでいます。
偽者の あなたの ハートは ピクリとも動きません。

あなたの死なせて来た 本物の あなたに命を与える事が 
この講座の やろうとしている事なのです。

あなたが閉じ込めて来た 
本物のあなたに陽の目を見させたいのです。

この講座は
背伸びをしている 偽りの あなたにとっては 
私は 敵に成るのかも知れません。

ところが 
本物の あなたに取って この講座は 待ちに待っていた援軍です。
多分一生涯で たった数回のチャンスかも知れません。

だって そうでしょう。
背伸びをしながら生きている あなたに取って 危険に成る 場所に 
あなたが 今後も何度も近づくとは思えないからです。

話しを講座に戻しますね・・・。

相手に成って行く上で 
どうしても必要な"心情"を感じ取れるのは 
本物の あなたで有る 一見 駄目な あなたにチャンスを与え 
その あなたで試みようとした時です。

もう その あなた以外に 相手に成ることは出来ないのです。
一見出来そうな 背伸びをした あなたで100万回 やったところで全部駄目です。
残っているのは まだ試していない 駄目な あなたを於いて他には居ません。
そこにチャンスを与える以外に道は無いのです。
実際に そこで感じ取る事をするのが この講座です。

少しだけ ヒントを言うなら 心情というのは あなたが成ろうとしている
身近な相手が死んだ時になって 初めて解かる事の出来る その人の気持ちです。

身近な人が亡くなってしまった経験を持つ人なら 多分 解る筈なのですが・・・。
身近な人が亡くなった時に 相手に対して それまで持っていた文句も不満も
全部消えてしまいます。
それどころか 今迄当たり前にしていた 
その人に 日常の中でして貰っていた 沢山のことが
決して 当たり前では無かった事が解かります。
そして その相手が どんな思いで 色々な事をしてくれていたのかが見えてきます。

例え物理的に何もして貰っていなかったとしても その人が
生きていてくれるだけで あなたの心の支えになっていてくれた事が 
ハッキリと解かります。 その人が ただ生きてくれているだけで私達の心は
その人に 寄り掛ったり 甘えたりすることが出来ていたのです。
これらも その人から 立派にして貰っていたことの中に入るのです。
そして身近な人が 死んだ時に 誰であれ この様なことが解かるのです・・・・。

でも どうして相手が 死ぬ前に それらを解かっては いけないのですか?
どうして 相手が 死ぬ前に解かって その気持ちで毎日 相手に
接することをしてはいけないのでしょうか?


身近な相手が死んだ時に解かっても遅いのです。

身近な人の死による気づき・・・。
例え そういう気づき方が出来たとしても 
一端は気づけた事を 深い喪失感と 悲しみを忘れさせようとするがあまり
それらの気づきさえも忘れさせてしまい
再び 他の身近な相手の死ぬ時にも 
やはり同じ様に悔いる生き方をしてしまいます・・・。

だって相手の気持ちや心情を解かって生きていたとしても悔いるのです。

もしも相手の気持ちや心情が解からずに生きてしまった場合 
身近な相手を死なせてしまった時に 身近な相手を失ってしまった時に
初めて相手の気持ちが見えてきます。
どんな思いで その相手が自分に接してくれていたのかが 
切ないくらいに感じられてしまいます。
あなたは その想いを感じてしまう場所で生きるのは辛くなり 
再び その思いに蓋をして 自分の本当の気持ちを誤魔化して生きる様に成ります。
又 普段の生活の中で人の気持ちを感じる事が出来ない場所での生き方に成ります。
だから 再び 身近な人が亡くなる時に 同じ様に 悔いなければ成らないのです。
これは とても悲しい悪循環です。
私達は これほどまでに馬鹿な生き方をしているのです。
それに誰かが亡くならなければ
相手の気持ちが解からないなんて馬鹿げています。

前回から説明している 身近な相手に成切り
"ある1日の場面"を書いたものを心情文と言います。
ここからは ある女性の心情文をお見せします。
この女性は24歳になる独身の女性で
この女性が高校3年の時に 
父の仕事がうまくいかず
毎日の様に母親との夫婦喧嘩が絶えなかったそうです
挙句の果てに 父の事業が失敗し進学を諦めるしか無く 
高校を卒業と同時に 家を飛び出し 働きながら夜学に通い大学を終えた女性でした


実家は 電車で1時間の距離で 帰ろうと思えば いつでも帰れる距離なのですが
滅多に帰ることは無かったようです。
彼女は父親を とても嫌っていました。
最初に書いた10人の中で1番嫌いな相手も父親でした。

彼女は身近な相手の中から 自分の成る相手を母親にしたのですが
私の提案で 父親で やってみようと 相手を変えてもらいました。
何故なら このままの生き方を彼女が続ける限り
後悔をしてしまうのが目に見えていたからです。

案の定 彼女は とても苦しみました。
父親を恨んでいるために 父親に近づくことすらしたく無かったのです。
自分の気持ちを近づけることすら したくなかったのです。
ましてや 大嫌いな相手に成るなんて とんでもない話しです。
何十回となく 書いては やり直しをし続けました。

彼女の書いていたものは感情だらけで
まさに自分に文句ばかりを言っている 彼女が 今迄に 見てきた父親の姿を 
そのまま書いていました。

父親の気持ちの部分が全て感情なのです。
私が何度 これは違うよと言っても 私の見てきた父は 本当に酷い人で 
こう思っていると 彼女は まったく譲りませんでした。

彼女も疲れ果て 私も疲れ果てた時に 彼女に少しだけ 聞く耳が生まれました。
その時に 私は 伝えました。

君に見えている お父さんの姿は君に反応している お父さんの姿で有って
本物の お父さんの姿ではない・・・。
まだ 君は 本当のお父さんの姿を 1度も見たことが無い。

何故なら
例えば 朝 君を起こすのが お父さんの役目だとして 
君が朝 起きる時に 中々起きて来ない人だとしたら 


お父さんは 君を起こす時に 強い口調で起こさなければいけなくなる。
そして 大きな声で起こそうとする そんな お父さんの姿が君の目には 
うるさくて 怖い父親に見えてしまう。

今度は それとは逆に 
もしも君が寝起きのいい人で 1度で起きてしまう人なら 
普通に起こすし 大きな声も出さずに起こしてくれる
感じの良いお父さんに見えるし 優しい父親だと思えてしまう。

寝起きの悪い君が 怖いお父さんにさせてしまうし 寝起きの良い君が
優しいお父さんにさせてしまっているだけの事で どちらも本物じゃない。
この両方共 君がさせている父親の行動だし お父さんは会社に遅れてしまわない
様に本気で起こそうとしているだけなんだよ・・・。
君に反応している お父さんの姿を見て 君はお父さんは こんな人と思い込んで
いただけなんだよ。
これで嫌な奴なんて思われたら お父さんは たまったものじゃない。

この君への反応とは 
まったく別の 君に見せた事のない 
本物のお父さんの姿が必ず有るから そのお父さんの姿を探そう。
お母さんと どんなに喧嘩をしたって お母さんは お父さんと
別れずに居たのには訳が有って 多分 お父さんの本当の姿を
お母さんは 知っていたからだよ・・・。
だから お父さんと お母さんは 離婚をしていないんだ。
子供達が居たからとか言っても それでも耐えられないほど
お父さんが嫌な人なら とっくに離婚をしてしまっていたはずだよ。
事業を失敗してしまった時点でね・・・。

君の書いている お父さんの気持ちの部分である 感情が 何故違うのか?
そして君が1番 反応を起こしてしまう お父さんが感情を
吐き出している時の姿を 少し考えてみよう。

こんな酷いことを言うくらいだから お父さんの腹の中では 
私に対して もっと酷い事を思っていると 勝手に あなたは
決め付けているけれど それは違うよ。 

君が腹がたったときに 君は自分の感情を全部吐き出して
相手にぶつけるだろう・・・?
その後 君の腹の中には何が残っている?
何も残って無いだろう?
自分が腹を立てて相手にぶつけた時に その後に何が残っているかを考えてごらん
全部ぶつけたなら 余計に・・その後に 芽生えている気持ちが有るはずだよ
「言い過ぎてしまったかなとか・・・・」「傷つけてしまったかなとか・・・」
お父さんも 同じ事を感じている・・・。
その気持ちこそが入り口だよ。
その方向に お父さんの本当の気持ちが潜んでいる・・・。
その言葉で やっと彼女は気づいてくれました・・・。

そして 出来たのが これです。

彼女は泣きながら一気に書き上げてしまいました。
半年振りに帰った ほんの1・2時間の場面しか無かったので 
その場面で書いたものです。


                 娘                 
                                 (父)

久しぶりに お前が帰って来る。
どれくらい逢ってないんだろうか。もう1年位には 成っているだろうなあ・・・。
お前から来てくれない限り何も言ってはいけないから
顔を見なくなってから 随分と寂しいよ。

こんなに近くに居るんだから 何度も お前に逢いに行こうと思ったけれど
お前の 怒った不愉快そうな顔が思い浮かんできて どうにも出来ずにいるよ・・。
今日は久しぶりに お前に逢えて嬉しいけれど少し怖い気もするよ。
こんなに逢いたいけれど お前は まだ私を受け付けないんじゃないかな 
なんて、それは当然なんだけどな・・・。
いや 元気でいてくれさえしたら それで良いんだ。
顔が見られたならそれで良いんだ。それで充分なんだ。


「こんにちは」
お前のぎこちない声がする。こんにちは か・・・。
ただいま とは帰って来てはもらえないんだな・・・。
お前の家なのにな・・・。
まだ私を この家を許してはもらってないんだな。
随分 ゆううつそうだ。
なんて声をかけたらいいんだろう。
どうしたら笑ってくれるんだろう。
「お〜元気か? 随分スマートに成っちゃったな」
色んな言葉が浮かぶけれど お前の気に触らないような言葉しか言えやしない。
随分やつれちゃったな。背が高く成った様な気がする。
仕事はきついんじゃないのか?
そう言えば母さんが そんな事を言ってたよ。
きちんと休んでいるんだろうか。 ちゃんと睡眠はとっているんだろうか。
食べる物も ろくに採らずに働いているんじゃないだろうか。
驚くほど痩せちまったな。身体は大丈夫なのかい。
「うん 元気」
そうか元気か。それなら良いんだ。
お前は 余り口を利きたく無そうだけど顔が見れたんだ。
元気でやっているならそれで良いんだ。
余計なことを聞いて お前が怒って口を利いてくれなくなったりしないようにするよ。
せっかく久しぶりに逢えたんだから 少しでも長く今日は居て欲しいんだ。
「今日は ゆっくりして行けるのか?」
久しぶりに家族全員が揃ったんだ。今日は家族全員で夕食が食えるんだ。
何年ぶりだろう。
あいつの好きなものが冷蔵庫には沢山入っているし 久しぶりに うまい物を
一杯食わしてやろう。
あんなに痩せちゃって きっとろくに食ってないんだろう。
今日はたっぷり食わしてやろう。滅多にないんだ。
「忙しいから 時機に帰る」
嘘だろう。こんなに待ってたんだ。
沢山用意してお前の為に待ってたんだよ。
せめて今日くらい 俺も仕事が休みなんだし居て欲しいんだ。
でも帰っちゃうのか。


帰りたいんだな。お前を引き止めたい。
でも そんな事は俺には出来ないな。やっぱり。
無理矢理 お前を引き止めたら お前は ゆううつな顔をして 
うるさいって帰っちゃうんだろう。
どうやったら離れて行かなくなるか どうしたらいいのか解からないよ。
だから お前の好きなようにするのを見ているしか出来ないんだなあ。
お前が これ以上 俺から離れて行かないようにするのが精一杯だ。
どうしたら良いのか 正直言ってわからないよ。
何を言っても お前は反応してくれないし 
叱ったりしようものなら 怒って もう逢いには来てくれなくなって
しまうんじゃないかと思うと 知らない内に嫌われまいとして
恐る恐るビクついて お前と接してしまう。
やはり どうしようもないんだな。

父さんは お前の事を ただ心配しながら何も出来ずに
どうしたら良いのか解からず苦しむことしか出来ないよ。
この先も きっと そうなんだろう。
お前達の心が少しでも開いてくれるまで こうして ただ こうして
お前達を 見ていくことしかないんだろう。
それが 父さんが お前達を苦しめた当然の報いなんだろう。
俺は自分のした事で苦しんでいるんだから それでいい。
でも お前達の幸せ願っているんだ。

俺を憎んで お前が幸せに成るのならいいが 
その事で お前までもが不幸になっては欲しくないよ。
俺を許してくれって言ってるんじゃない。
許してくれなくたっていいんだ。
ただ その事を お前が引きずって不幸になっているんだとしたら考えて欲しい。
俺の事で これ以上 不幸になってくれるな。
もっと自分自身を大切にして生きていって欲しい。
いつまでも 俺にとらわれて 俺にがんじがらめにされて 
苦しんで 突っ張って 無理しては欲しくないんだ。

もっと大らかに 無理せずに生きて行って欲しいんだ。
幸せになっておくれ それだけだ・・・。

これが心情です。
まるで父親が書いたかのようです。
彼女が書いたものとは思えませんし
本当に父親の気持ち そのものの様ですね・・・・。

そして これを書き上げた後に 
今 お父さんが目の前に居ると思って
お父さんに 直接 語りかけたい あなたの気持ちを書いて下さいといって
書いた文章が 次の文章です。
    

久しぶりです。
何の連絡もしないままで ごめんなさい。
今 何か ふっきれたような気がしています。少しかもしれないけれど。
今迄 私は自分の引き起こした事、自分の人生に少しでも障害が出てくると
お父さんの所為にして来ました。
私が こうなのは あの時 お父さんが・・・・あんな家庭だったからって
お父さんばかりでは無く お母さんも 妹にも 弟にも いいえ それどころか
いつも誰か他人の所為にしてきたんです。

自分のここは直らない。変えられないと固く蓋をして 誰にも触れさせず
何かあると その箇所の所為にしていたんです。
それなのに 少しも 今まで気づかなかった・・・。 

どこかでは 知っていたけど 許してきた。
だって私は こんなに酷い家庭に育って、人よりも可哀いそうで 
許してきてしまった。

ごめんなさい。全ては私から発生していたことなのです。
なじらなければ いけないのは私自身なのです。

今まで 黙って耐えてくれていて 本当に済みませんでした・・・。
淋しかったでしょうね。



血の繋がりの有る 娘から浴びせられた言葉の数々は痛かったでしょうね。
どんなにか 辛かったでしょうねえ。

自分のことが 見れなかった私・・・・。
今まで一度も お父さんの気持ちを考えた事が無かった。
本当に ごめんなさい。






彼女は 父親への憎しみだけを支えに 独りで生きていける
強い人間に成ることを目指して 歩んできてしまったそうです。
そんな想いを超えて この暖かな気持ちに辿り着くことは 
どんなに苦しかったことでしょう。

そして彼女は 自分が一番苦しかったんだという 
自分の苦しみを どかせた時に初めて 
自分以上に 苦しんでいた父の気持ちや
その苦しみの中においてさえも 
なお彼女を想う 父の暖かな思いが
鮮やかに広がってきたと話してくれました。

最後に 彼女は「生きる上での 壁が外れて まるで
暖かな陽射しが 差し込んできた みたいです」と言って 微笑んでいました。




今日は ここまでで終りにしたいと思います。
皆さんに何かが伝わってくれていれば嬉しいのですが・・・。






















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  人間物語 の メール講座    NO8
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今日は 昨日伝えた 
あの24歳の女性が父親に成って書き上げた心情文でも
「まだ解からないよ・・・・」という方達の為に 
別の角度からの説明をしてみたいと思います。


今度は 結婚をしている 
28歳の男性を例にとっての説明になります。


彼は ある信念を持っていました。
その信念とは "努力しなければ世の中 出来ない事だらけ、 努力をすれば
世の中に出来ない事など ひとつもない" 
彼には 怖いものなど ひとつも無かったし、自分に出来ないものは無いと
本気で思い込んでいました。

このタイプの人間程 世の中に害毒を流してしまう人間はいません。
彼の様な人が もしも 組織の長だとしたら 彼の歩いた後には人の屍の山が
幾つも出来上がります。

彼も御多分に漏れず そんな人間の中の1人に成っていました。
ところが困った事に 彼は そんな自分に満足していたのです。

彼は結婚した時に 有る事を決めていたそうです。
精神的な愛情ならば いつでも上げられるけれど
彼自身が幼い頃から嫌な思いをし続けて来た 物質的な愛情を与えるのには
時間が掛かると・・・まずは物質的な愛情を与えるのが先だとばかりに



単純計算で仕事をバリバリやれば役職が上がる 役職が上がれば 
当然 給料も上がる。
自分が少々大変なのくらい なんでも無いと
バリバリ仕事を こなしたそうです。

そして 結婚4年後の 彼の生活は 
いつも帰宅は午前1時半か2時近く 翌朝6時には目を覚まし 30分の朝食の後
会社に出掛け 仕事・仕事・仕事 の毎日で 家に帰ってからも仕事の事が
頭から離れていないから 妻の話しも常にうわの空 まるっきりの仕事人間に
成り切ってしまっていました。

おまけに休みは 未定の 3ヶ月に 1度有るか無いかの状態・・・・。
挙句の果て「俺は役職も手に入れたし 給料だって こんなに良くなった。
だから妻である お前を幸せにしている。こんなに汗みどろになって
妻の為に働いているのだから まさか文句など無いだろう。
普通の奴らだって 此処までの事は出来ない。 でも俺は1番時間の掛かる 
誰にも出来ない事を こんなに大変な想いをして お前に与えているのだから
俺の愛情こそ本物だし その愛情を解かれ!」などと言っていたし
本気で そう思い込んでいました。

そして 1番大変な思いをしているのは自分で 妻だけは幸せにしていると
信じて疑わなかったのです。

自分を犠牲にしてまでも相手を幸せにする事が もっとも深い愛情表現だと
思っていたし 事実 彼は妻を愛していました。
だからこそ こんな過酷な事が続けられたのです。

この頃の彼は
人に「あなたにとって もっとも大切な人は誰ですか?」と尋ねられると
胸を張って「会社の社員達です。私の部下達です」などと答えるほど 
仕事だけに埋もれ切ってしまっていました。

社員達がいるからこそ 会社が有って その人達が 頑張ってくれているからこそ
給料が貰え 彼も妻も生活をして行ける・・・


だから 社員が1番大切だという理屈で 仕事以外の一切は 
全て無意味なものとして 彼の目には映るようになってしまっていました。
彼は たまたま この講座を受ける機会に恵まれて 
初めて それまでの 全てが間違っていた事に気づきました。
自分にとって大切な人とは イコール 自分を大切だと思ってくれている人に
気づかなければ解かるものではない。
頭とか理屈の上での解かり方など まるっきり解かってなどいないのだと言う事を
彼は初めて理解できたのです。

彼にとって もっとも大切な人とは より身近で 余りに身近すぎて
全てを当然の様に片付けてしまっていたし、全てを当たり前の様に 
考えてしまっていた妻であった。
妻の事は大切に出来ていると云う 彼自身の中の傲慢な決め付けによって
まるで見ようとはしていなかったのです。

普段から 自分の中に
妻の為や  誰かの為や 或いは何かの為と 
随分と大層な大義名分を掲げていた彼でしたが
本当は とても弱い人で そう云ったものを持たなければ
彼は 歩いて行け無かったのです。 
ところが この大義名分が有ったが為に
彼は当時の 自分自身の姿を まるで見る事が出来なかったのです。
自分で掲げた大義名分に自分独りが酔ってしまい 自分の大儀名分に
自分が騙されてしまっていたのでした・・・。

最初は純粋に妻の為に頑張っていたのですが
この頃の彼は 知らず知らずの内に 自分の私利私欲の為に 社会的な地位や
金銭や名誉を 追いかけ 自分の評価を上げる為だけに懸命になっている人間と
化してしまっている 現実の 彼自身の姿に 気づけず
自分は こう云う人間なんだと 彼自身が思いたい 理想の自分の姿との間に
大きなギャップが出来上がってしまっていました。





此処からは彼の話しを そのまま引用します。

私は 妻に成り 妻の1日の生活の中を 出来るだけ正確に生きてみました。
妻は 随分と離れた他県の出身であり 都内で生活をしていた私達の近所には
妻が頼れる人や 妻の知り合いは誰1人居ませんでした。

これを 私は知っているつもりで まったく忘れていました。
職場で気楽に友人を作れる私とは違うのに・・・・。
明け方近くになって 馬鹿な私は まるで当たり前の様な顔をして帰って来ます。
いつも自分の仕事の事しか考えていないから 妻の気持などと言う物は
まるで考えた事が有りません。
そして朝7時 妻は 昨夜も遅く帰り 毎日2・3時間しか寝てない身体を気遣って
私を起こします。 ためらいながらも起こしていたのです。

妻の そんな気持も姿も見えていない私は さも俺は疲れているんだと
言わんばかりの顔をして起きてきます。
朝食のテーブルに着いてからも 妻は盛んに話しかけて来ます。
あそこの桜が綺麗に咲いたとか 隣の○○ちゃんが大きく成ったの だとか・・・
一生懸命に話しかけて来ます。 
けれども この頃の私は 瞬間的に自分にプラスになる話し以外は 聞かないように
出来ていたし、自分でも気づかない内に 自分が見下してしまった相手の話しは 
こちらの耳から あちらの耳へと 自然に通り過ぎるような聞き方をしていたのです。
だから妻の話しも プラスに成らない話しと瞬時に判断して まったく聞かずに
「うるさいから 少し黙っていてくれ!俺は仕事で疲れているんだ!」と 
冷たい言葉を吐き捨ててしまっていたのです。

当然 妻は とても寂しそうな表情を見せるのですが・・・・。
妻が 寂しそうな顔をするのが 何故なのかを 解かろうとしなかった 
ばかりでは無く、何故こんなに 夢中になって朝から話しを してくるのかさえも
解からなかったのです。 

それどころか 「こいつは わがままで何も解かっちゃいない。
人が こんなに疲れているのが目に入らない訳は無いのに くだらない話しをして
朝から俺を疲れさせる。 少しは 相手の気持ちが解からないのだろうか・・・」と
真面目に思ってしまって いましたし、 言葉にも出していました。

それほどまでに 私は馬鹿な男でしかなかったのです。
ところが 妻にとっては 
この時間は 1日の中で1番大切な時間でした。
この朝の会話は 私と話すことの出来る 唯一の時間で有り 
この時間を逃したら 1日中 誰とも話せないどころか 
夕食だって別々 休みは無いというので 一生懸命だったし、
それほど 妻にとっては貴重な時間だったのです。

そして夕方から夜になると 近所の家から笑い声が聴こえてきます・・・・。

その笑い声を聴きながら 自分の寂しさを 誰にも話せず 1番 自分の気持を
解かって欲しい夫にさえ 解かって貰えない淋しさを独りで我慢をし続けながら
たった独りでポツンと夕食をとる 妻の姿が浮かんで来た時に 
私は 初めて 妻に対して何ひとつとして して上げていなかったどころか 
私の この手で妻を 精神的に踏みつけにしていた自分に気づいたのです・・・。

小さい頃から 何が有っても 泣かずに育って来た私も この時ばかりは
泣くのを堪える事が出来ずに 人目もはばからずに 大声を出して泣きました。

自分は幸せにしていると思ってしていた行動の全てが 自分の1番大切な人を
これ程までに 苦しめていた事実を知った時に 泣かずにはいられなかったのです。
ただ ただ情けなくて 自分に悔しくて・・・。

彼の中で妻だけには皺寄せをしていないと思い込んでいた理由のひとつに
彼が夜中に帰宅すると 何時であろうと いつも妻は起きて待っていたのですが
その妻に早く休んでいるように伝えてからと言うもの 妻は起きて待っていると
彼に 叱られるので ベッドに入り寝た振りをして待つ事にしたそうです。
それに気づかない彼は 妻は自分に付き合わせること無く 早く休ませていると
思い込んでいたのですが 実際には 彼の帰るまで 妻は休めずにいました。
そして 救急車やパトカーのサイレンの鳴る度に気がきでなく
休める筈など無かったと言います 休みを取れずに働いている彼の身体を考えると
自分だけが先に休む事など 到底出来なかったのです。




彼が気づいていない重大な事が もうひとつ有ります。
それは・・・彼が 無理を し続けている限り 
奥さんも 無理を し続けなければ
いけないのだと言う事実です。
それは 彼がさせていることなのです。
彼が背伸びをし続けている限り 
周りの皆も 彼に合わせて 背伸びをし続けなければ
ならなくなるのです。

皆を楽にさせたいのなら 
まずは あなたの背伸びを やめなければいけません。
逆に皆に無理をさせたければ あなたが無理をし続ければいいのです。

彼は最初の頃 本当に妻の身体が心配で 
先に休んでいる様に言っていたそうです。

と言うのは 彼の奥さんは 
余り健康では無く 働いてはいませんでしたから。
ところが 正直に言うと そんな純粋な気持だけでは無かったと彼は言います。 

その気持の中に 妻が自分に付き合って 無理をして 
身体を壊し 病気になど なってしまったら、
その妻の看病で会社を休まなければいけなくなる事が 
それまで 自分の姿勢を見せることで 
会社の部下達を引っ張ってきた彼には
出来ないことでした。 

彼は そんな自分の甘えを 
周囲に見せることなど出来ないという 思いから 
妻に早く休めと言っていたと 正直に話してくれました。
愛情や優しさからでは無かったと・・・・。
「その頃の 僕の 妻に対する愛情は見せ掛けばかりの物の寄せ集めで 
本当の愛情など これっぽっちも無かった・・・」と。



ただ これらは 此処まで気づいた彼だからこそ 
そう言えたり話せたりするので有って、
彼も此処までの事実に 気づけるまでは 自分の愛情に疑いなど
少しも持ってはいませんでしたし 感じてもいなかったのです。
そして 此処までの事に気付けた彼は
此処までの事を 奥さんに言わずには居られませんでした。

自分のしてきた全てに 気づいてしまった訳ですから 
当然と言えば 当然ですけれど・・。

講座の終った3日目の夜に 
彼は普段は買ったことの無い おみやげを買って 帰り 
奥さんに どうしたの?と驚かれたそうです。

そして今日まで 有る場所で お前の事を勉強していたんだと話したそうです。
台所仕事をしていた奥さんに 今まで 君は こんな思いでいたのだろうと・・?
自分の気づけた事の ひとつひとつを話した時に それまで 後姿のままで
黙って聞いていた奥さんが 肩を震わせて泣き出し「やっと気づいてくれた・・」
「多分 一生気づいては貰えないのだろうと思っていたし それでも仕方が無いと
諦めていた・・・でも気づいてくれて嬉しい」と泣きじゃくっていたそうです。
まるで子供の様に・・・。

それを見て 余計に 
こんなにまで 自分の大切な人を それも自分の手で苦しめて来ていたのかと
彼の中に僅かに残っていた 今日まで背伸びしていた 彼の生き方など 
木っ端微塵に砕け散ってしまったそうです。

妻が欲しがっていたものは 役職でも金銭でもなく 
今直ぐにでも 私に出来る
「あたしの話しを 昔の様な あなたで聞いて欲しい。月に1度で良いから 2人で
一緒に夕食を食べたい」と たったのこれだけだった。
私は なんと馬鹿な男で有っただろう・・。

確かに今迄に頑張って来て 役職も金銭も得てきていたが 失ったものが 
余りにも大きかった。

かっては 多少なりとも有った筈の 優しさや いたわりといった 
精神的な愛情がゼロに等しかった。 
自分に最も身近な妻の 本当の本心からの願いや気持が 全くと言っていいほど
解かっていなかった。
そんな人間に他の人達の気持など 理解できている訳がない。
今迄の私は 人を理想を掲げて ついてこさせ 本当には 自分の評価を上げる為の
道具にしか使っていなかった 腐りきった人間で有ったこと。

そんな人間には 本当の意味で ついてきてくれる人など いなくて当然にも拘らず
私 独りだけが それに気づいていないだけで 周囲の人達には それが筒抜けに
見えていて我慢をしてくれていたのに、それらを独りで隠し続けられていると
思っていた悲しいピエロが私だった事に 
妻の事を通して初めて気づくことが出来た。


この時に 妻の言ってくれた言葉は 
今でも私の耳に鮮やかに残っています。
「偉くなんてならないで欲しい 毎日 生活出来る程度の お金が有れば
他には何も要らない・・・」と言って 生き返った様な顔になったのです。

人は心情を口に出してくれません。
こちらが水を向けたときに初めて話してくれるものなのです。
心情とは・・・心を開いた人から水を向けて貰えた時に
初めて話すことの出来る 柔らかくて繊細で か弱い 
ほんの一瞬で掻き消されてしまいそうな 正直な気持なのです。

日常生活の中においても 心情は殆ど言ってくれていません。
何気なくホンの ひとこと 呟くことは有っても 
例え 言ってくれたとしても 何処か他の所ばかり見ている
私達のアンテナには まったく届かないのです。
聴こえていないのです。

だからこそ あなたの力で掘り起こさなければならない大切なものなのです。
それが自分と身近な相手を救い出すことの出来る 唯一の道なのです。


彼の話してくれた事が 事実 世間の多くの人達の上に起こっていることです。
殆どの人達が 自分の最も大切な家庭に皺寄せをしてしまい 
知らずに 1番 踏みつけにしてしまっている可能性が有ります。
その身近な人達は あなたの事を解かろうとする余り 自ら進んで
それらの皺寄せを受け止めようとするからです。

その人達を 助けられるのは あなたを置いて他には誰も居ません。
身近な人を助ける事は 自分を助ける事に繋がっています。
自分を振り返り 真剣に見つめ直す事によって それらは可能になります。
そして それは 本気になりさえすれば 誰にでも出来るくらいに
簡単なことだと言う事を伝えて 1000年愛 講座の
ファーストステップの段階を終りたいと思います。


解かることが出来た方も 余りピンと来なかったという方も
いらっしゃると思います。

そこで 気づきのヒントにもなるかも知れない
何人かの方の感想文を掲載しておきます。


◇これは私の所で受講した 実践ファーストステップの受講者の感想文です◇



37才男性(東京)

人の柔軟さ,人の可能性の無隈な潜在力,その言葉通りに,最も身近な自分
の中に秘み入っている不思議さが,一種の感動として伝って来ました。
隣人の愛などと,したり顔で力説していた自分が最も身近な者さえも
愛することの出来なかった事に 今更ながら恥入った気持です。
初心に 返えり 真の実践の中で ひとつひとつ踏みしめて
人を愛し,人に親しみ,人の和の中にとけ込む努力を,私は心がけて行きたく思う。
きっと新たな私の糧として,この3日間の講座は生き続けて行くと思う。



26才女性・OL(静岡)

気分がとてもスッキリしました,何かうきうきして来て 
これからの毎日が楽しく充実しそうです。
自分の事だけでなく,人の文を聞きながらも,胸に熱く
ジーンと伝わるものがあって泣けました。でも爽やかな涙でした。
この3日間は自分の人生の何十年もの中身を含んでいたような気がします。
本当にありがとうございました。



21才女性・OL(九州)

この研修を受ける前まで生きていて良かった。
そしてお父さんも生きていて良かったと心から思う。
もし,死んじゃったら私,どうしようと思う,
「すまなかった」と思って泣いても泣ききれないと思う。
研修を受ける前は 自分を知りたいと思っていても 
やはりいつも逃げていた。
今考えると逃げていた自分が とても恥ずかしい
自分を認めるのが とても嫌だったから 凄く苦しかった。
今 この研修が終えて 本当の自分が出せる 
遣らなければいけないことが沢山有る。



33才男性・会社員(横浜)

他人に いかに自分勝手に振るまったか
良く 分った 本当に 本当にゴメンナサイ。
良く 今まで 私を許してくれました 感謝しております。
他人を思いやる心が こんなに素晴らしいなんて
気がつきませんでした,とても人間らしい いや人間そのものです


この 今の気持を忘れずに 私の周りに居る人々に接していきたい
素晴らしい機会を与えてくれた社長 素晴らしい事を発見させてくれた
利根先生 今まで我慢してくれた周りの人達に感謝しております。



35才男性・会社員(東京)

私から妻へ
解ったつもりでいながら 率直に申し訳ないと思っている。
何も解ってやれなかったのだと言う悔いが 確かなものとなって 私に迫っている。
お前の献身の情は認めていても その内部にある お前の いじらしいまでの
気持を汲み取ることは出来なかった。
感謝の念で一杯だし,私は少しでも,これからの歩みの中で,
お前の傍に近づける努力を,いとう気にはなれないだろう。
素直に,楽しく,優しく,自然に歩んでいきたい。
それでも,自分が おかしな道に歩もうとしたら,今度は遠慮なく言って欲しい。
決して逃げないし,お前と一緒になって苦しみを分ち合いたい。
「ありがとう」と一言だけおまえに贈る。



41才女性・主婦(東京)

緒婚以来20年 私は あなたの立場に立って
物事を考えた事があったでしょうか・・・・?
いつでも家の中の事はきちんとやっているし 内職をしたりパートに出たり,
こんなに 家の為に尽くしているじゃないの......こんなに働きものの奥さんが
何処に居るかしら 居ないでしょ。そう自分を かいかぶっていました。
あなたの願っていた家庭の温かさは 妻であり 母である 
私が作るべき事なのに みんな あなたばかりに求めていました。
私は 今迄 ずいぶん我を通して あなたに 色々の事を求めていました,
あなたは それを当然の様に 叶えてくれました。
私も どんどんと 増長して行きました。


でも あなたはその何倍かの苦しさを じっと耐えていてくれたんですね・・・。
いつもあなたが口癖の様に言っていた事がわかってきました。
私が このまま一生 気がつかないですぎると
子供達も同じ運命を歩くことになるよと。
本当にそう思いました ごめんなさい・・・。
これからは どんどん あなたに近づいて 人の気持の解る
人の痛みの解る人になりたいと思います。
あなたの言う,もののあわれという意味が解ってきたように思います。




18才女性・学生(東京)

お母さん ごめんなさい。涙が出てくるくらい悲しくなっちゃった。
お母さんにとって 私は,こんな子供だったのですね,
今すぐにでも会いに行って謝りたい気持で一杯です。
こんな手に負えない娘を よく今日まであいそもつかず育ててくれてありがとう。
本当に感謝の気持ちで 胸が一杯です 胸がズキンズキンして痛いくらいです。
今まで お母さんの言うことを 全て また あの小言か説教が始まった
うるさいな また 嫌味を言ってと思っていたけど 
そうじゃなかったんですね, みんな みんな私の為,それだけだったのですね。
今日 始めて そのことがわかりました。ありがとう,何度言っても足りないくらい
これからは 今日の気持ちで お母さんには 勿論, 周りの人とも
付き合って行く事が出来る。
だって みんなから つまはじきにされ 一人ぽっちになっちゃうなんて
絶対に嫌だもの。お母さん,本当にありがとう。



19才男性・会社員(仙台)

母さんへ
母さん本当にゴメンなさい 
俺はいつも母さんを弱い女だと思っていたよ
小さくて俺が何か言うと,すぐ口をつぐんでしまう母さんが,
俺はいつも強がりばかり言って生きているけど 本当は,母さんを
世の中の 誰よりも一番大切な人だと気づいたよ。
俺のことを母さん本当に愛していてくれていたんだね。
俺が どんなに ひどいことをしても,どんなに悪い事をしても,
母さんは俺のことを信用してくれていたんだね。
母さん「ありがとう」俺 一生懸命 働いて今の仕事を頑張るよ
格好をつけないで ひとつの事を やり通すよ。
誠実に,素直に生きてゆくよ 母さん本当に「ありがとう」
母さんの愛が無かったら 俺は きっと立ち直らなかったかもしれない。
きっと 何処へ行っても 俺の心の何処かに 母さんが居たんだね
母さん「ありがとう」。



24才女栓・会社員(埼玉)

久しぶりです。何の連絡もしないままでごめんなさい。
今,何か ふっ切れたような気がしています。少しかもしれないけれど
今迄, 私は自分の引き起こした事,自分の人生に少しでも障害が出てくると
お父さんの所為にしてきました。
私が こうなのは,あの時お父さんが......あんな家庭だったからって
お父さんばかりではなく,お母さんも,妹にも,弟にも 
いいえ それどころか,いつも誰れか 他人の所為にして来たんです。
自分の ここは直らない 変えられないと,固く蓋をして誰れにも触れさせず,
何かあるとその固所の所為にしていたんです。
それなのに少しも今まで気づかなかった。
知ってたけど許してきた。
だって 私は こんなひどい家庭に育って,人より可哀いそうで許してきてしまった。
ごめんなさい。全ては私から発生したことなんです。
なじらなければいけないのは私自身なんです。
今まで 黙って耐えてくれていて本当にすみませんでした。
淋しかったでしょうね。血の繋がりの有る娘から 
浴びせられた 言葉の数々は痛かったでしょうね。 どんなにか 辛かったでしょうねえ。
自分が見れなかった私, 今まで一度もお父さんの気持ちを考えたことがなかった。
本当にごめんなさい。







人間物語の講座では 
ファーストステップに於いて
視野を広げ ワイドな視野に成って頂き
セカンドステップに於いて ファーストステップで広がった
ワイドな視野分の行動力を身につける様に成っています。
少なくても そこまで身に付けて頂ければ 
あなたの人生が大きな広がりを持って来ます。

実際に3日間という時間を掛けて
受講する講座で手にするものと 同じものを 
お渡し出来る訳では有りませんけれど
このメール講座でも
実践講座の香り位は
多分お届け出来ると思います。


明日からは
1人の男性の人生を通じて
前半とは違った伝え方をして行きます。
ここまでで 余りよく解らなかった人でも
解りやすくなっている筈です。

再チャレンジのつもりで読んで行くと
すんなりと解る事が出来るかも知れません。

再び 前半の部分を
説明しなおしていますので
ここまで全く解らなかったという方でも 
このまま続けて読んで下さることで
何かが掴めるかも知れません。
そして セカンドステップの講座にも触れた内容を
お伝えして行きます。












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